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潮のにおいが鼻をつく。
波の音が耳にせまる。
りんは足に波がぶつかる感触を覚え、動転する。
――ここはどこ?
りんの周りには黒い空と黒い海が広がり、ふり返れば町明かりが地上の星のように広がっている。
「ここどこっ?!」
トロリとした黒い波を送る海に、りんは身震いする。
海のない埼玉で生まれ育ったりんにとって、夜の海は眼下に広がる不気味な闇にしか思えなかった。
「旭光に会いたいんでしょ?」
黒い世界とりんの間に、葉山くるみが立ちふさがった。
りんはハッと我に返った。
お神楽を見に行こうとした時くるみに出くわし、あさひに会いに行こうと手を引かれたのだ。
一瞬前までは神宮の境内で人ごみに囲まれていたのに、りんとくるみしか存在しないここで、りんは岸へ岸へと打ちつける波の音に取り囲まれていた。
「――会いたい……けど……こんなところにあさひがいるわけないじゃないっ! どこに連れて行こうとしてるの!?」
「旭光はここにいるの。さ、行きましょ」
りんの手を握る力が急に強くなった。
――去年の今日亡くなったの。
突如奈津の声が脳裏に響く。
――お神楽の衣装を着たままの旭光君が、海岸で倒れていたんだって。
足にぶつかる波は、ここが海だということを嫌でもりんに思い知らせる。
――町娘の怨霊が旭光君を連れてっちゃったんじゃないかって!
綿津見神宮のパンフレット――
うっすらと微笑みながらりんを海に底に引きずり込もうとしている少女――
断片と断片が集まり、重なり合い、それは一つの事実をりんに指し示す。
海はりんを足首から膝に、そして腰まで飲み込む。白衣の袂が波にぬれて重く、緋袴は海の底で足にからみつき、りんの足をすくおうとする。
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