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りんの家は坂の中腹に建っている。
クリーム色の壁に赤い屋根の洋館。
五年前に改装する時、美観地域なので外観にこだわったのだそう。
窓からは海が見える。時折潮の香りもする。ウミネコの声が聞こえる。教会の鐘の音も聞こえる。
埼玉は見渡すかぎり田んぼばかりだった。海もない、山もない、どこまでも平坦な田んぼが続くそんな町に生まれ育ったりんは、H市の景観が美しく感じ、何もかもが珍しかった。
「ただいまー」
息せき切ってりんは玄関のドアを開けた。
「ごめーん、遅くなっちゃった……あっ!」
今日は驚くことばかりだ。玄関にお父さんの革靴がある。仕事に行っているはずの父。靴があるということは、具合が悪くて早退してきたのだろうか……
「お父さん帰ってきてるの? どうしたの? 大丈夫?」
「何が?」
慌てて居間に入ると、のほほんとした声で出迎えられた。
りんの父親はいたって元気。のんびりと新聞を読んでいる。
「何がって――仕事はどうしたの?」
「外勤のついでに寄ってそろそろ会社に戻ろうとしたところだよ。お昼一緒に食べようかと思ったけど、なかなか帰ってこないから先食べっちゃったよ」
りんはほっとした。
埼玉にいた時はこんなこと一度もなかったから、心配してしまった。
本当に仕事人間だった。いつも眉間にしわを寄せて、ろくに口もきかず、朝早く出て夜遅く帰ってくるから、一緒にご飯を食べることなんてほとんどなかった。
今は職場も近いし、ゆっくり出勤、定時で帰宅。そのためか、北海道にきてから太った。
太ったけれどりんは今のお父さんの方が好きだ。眉間のしわも消えたし、冗談も言うようになって、よく笑う。一緒にいる時間も増えた。
三年前に母親が他界してから、りんは一人っきりですごす時間が多かった。
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