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あきらめかけていたりんはハッと胸を突かれる。
生きなきゃ――
生きて帰らなきゃ! 私は一人じゃない!
その時だった。
一本の手がりんの腕をつかんだ。
それはりんを自分達の仲間にしようと、見えない底からわいて、りんが行ったことのない世界へ連れて行こうとする白い手ではなかった。
腕をつかまれた時、無数の白い手はまるで感情があるかのように驚いた様子を見せ、りんから離れていく。
りんは海の上へ、その手によって連れ戻された。
息ができる!
潮水を吐き、りんはむさぼるように空気を吸った。
呼吸ができることがこんなにもありがたいなんて――
ぬくもりを腕に感じて、りんはその手の持ち主をあおぎ見た。
「……おかっゲホッ」
潮辛い海水がのどを焼き、りんは激しくせき込んだ。
とてもとてもうすい気配で、今にも消えてしまいそうな陽炎のようで、月をかこむ夜の虹のように儚げだったが、りんを背後から包み込むような優しいぬくもりを持ったその人は、よく知る人だった。
「……お母さん……?」
死んだはずのりんの母親だった。
お母さんが白い手からりんを助けてくれたという事実は、りんを打ちのめした。心配をかけないようにしよう、静かに眠らせてあげよう――そう誓ったのに、なんてザマなんだ……
りんの母親はふわりと微笑みかけ、夜の闇にとけていく。
「お母さんっ! 待ってっ!」
りんは手をのばしたが、むなしく宙をつかんだだけだった。
「重い病気を患って弱って亡くなった人は、生前の姿を保っているだけでも大変なんだ」
波が途切れ、あさひの静かだが凛とした声が響く。
「あの日、お前の母さんがお前を呼んだ声で俺は目を覚ましたんだ。その女の墓にのこのこと近づいていくお前を助けたいという一心が、俺を目覚めさせ、お前をその女から救ったんだ」
りんはすぐに思い出した。綿津見神宮に梨花のお守りを買いに行った日、誰かがりんの名前を呼んだ。
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