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お母さんだったんだ……
あさひに言われるまで、とても大切な人の声に気がつかなかったなんて……
「――もっと早くこうすればよかった」
その声は苦しそうだった。
「行こう。おまえが本来いるべきところへ。ずっと一緒にいてやるから」
あさひはさし出した手でくるみの手をつかんだ。
「一緒に行ってくれるの? 本当に……?」
望んでも得られなかった言葉――
遠い昔、思いを寄せた青年は、自分より国の将来しか頭になかった。おのが不運を嘆く亡霊となりはてた娘によりそう者は一人もいなかった。
りんの手を握っていたくるみの手がゆるむ――だがりんはその手をつかんだ!
「離せっ! 死にたいのか?!」
「離さないっ! 絶対に――」
あさひの怒号にりんは叫んだ。
離してはならない。今この手を離したら絶対に後悔する――
「葉山くるみを連れてかないでぇっ!」
波はさらに高くなってりんとくるみの体を飲み込み、沖へと引きずっていく。
ありったけの力でりんはくるみの手を引っぱった。
バランスを失ったりんの体は再び海中へ沈んだ――
『夏の大祭』最終日。
熱気冷めやらぬ街からはずれた海岸での出来事であった。
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