1:雨の日は眠くなる

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 孝宏のアパートへ到着したのは、あと十分で二十二時になる頃だった。  あいつの好きなとろけるプリンが二つ入った白いケーキの箱を持ち、車を降りる。切れかかった外灯がぼんやりと淡く、かろうじて足元を照らす夜の世界。音もなく静かに降る霧雨のせいで、あっという間に全身を白い水滴が覆う。  急ぐでもなく正面玄関まで歩き、屋根の下へ入る。コートの水滴をはらい、孝宏の妹の紗奈から聞いた部屋番号を慎重に打ち込み、呼び出しボタンを押した。  なんの応答もない。でも部屋にいるのは知っている。明日も仕事のあいつは、この時間なら確実に部屋にいると紗奈も言っていた。  俺はもう一度呼び出しボタンを押しインターホンへ顔を近づけた。 「おーい。孝宏。いるんだろ」  やはり応答がない。  何度目かの呼び出しの後、やっとガチャと小さな物音がインターホンから返ってきた。 「孝宏?」  しばらくしてやっとしゃがれたような声で『はーい……』と返事が聞こえた。  まさか、寝てたのか? まだ十時だぞ? 「俺だよ。海。開けてくれよ」 『んー……かい? ……ちょっとまって……あけたー』  ようやくカチリとロックが外れる音。ドアを開けて階段を一段飛ばしで上がる。角部屋の二〇五号室へ到着するとチャイムを鳴らした。  階段一段飛ばしの甲斐なく、もたもたとなかなか開かないドア。  しばらくするとカチッとロックを外す音がして、いかにも重そうにドアが開き、ぼーっとした孝宏がドアの向こうに姿を現した。  てっきりもう眠っているのかと思ったのに、孝宏はまだスーツ姿だった。乱れた髪。ボタンを二つ外したシャツと、だらしなく緩ませているネクタイの奥に見える白い喉に目がいってしまう。 「よう。今帰ってきたところなのか?」  俺はさりげなく視線を上げ、ボーッとしている孝宏と目を合わせた。
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