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一個、三百八十円もするプリンだ。そりゃ美味しいだろう。
「だろ? ケーキ屋のだから。その代わり賞味期限は明日までだから、忘れんなよ?」
「海は? 食わないの?」
「俺はビールでいい」
「なら朝食にさせてもらうよ」
そう言って孝宏は嬉しそうにニンマリと笑う。
朝からプリンて。絶対甘党じゃん。なんで冷蔵庫にビール入ってんだよ。と、素朴な疑問が湧く。
「孝宏、このビールちょっと飲んで?」
俺は飲みかけのビールを孝宏の口へ押し付けた。
「プリン食ってんのに、なんだよ。賞味期限とか切れてねーよ?」
「いーから、一口」
うなじを押さえたまま、軽く缶を傾け、半分無理やりに孝宏の口へ流し込む。「むー」と唸りながら、ビールを飲む孝宏。基本的にされるがまま。こういうところも昔から変わっていない。
苦味に顔をしかめた孝宏へ問うた。
「どう? ビール美味い?」
「今はプリンがいい」
そう言って、ゆっくり味わうようにプリンを口へ運ぶ。
おかしな話だ。どうして何もない素振りをするんだろう。普通なら開口一番に言うことがあるだろ? 俺に対して。
もしかして、認めたくないから黙ってる? そう考えるのは、俺の都合のいい解釈なんだろうか。ここへ来るまでの間、どう言おうかと何回も頭の中でシュミレーションしてきた。想定できる会話も。なのにこいつは、ひとつとして想定通りに動かない。
結局しびれを切らし、俺は口火を切った。
「……なんも聞かないの? 紗奈とのこと」
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