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その奇妙な店は、普通のカフェとは違っていた。
ギィ……ッ、ィィ……
扉が軋む音を耳障りに感じながらも、目的のきのこを探して薄暗い店内を見回す。
「あ、いた。」
「、え……いらっしゃい、ませ……?」
驚いたように目を見開く彼の名前は、"木下"。
首から提げられたネームプレートに書かれた名前は、殴り書きのため読みにくい。
しかし、店内の雰囲気とミスマッチなため、存在を主張しているかのようだ。
俺が探していたきのこ。
茶色くて、淡い光を反射していて、手触りの良さそうな、彼の頭。髪型。
店の外装はお綺麗なファミリーレストラン。
しかし、ガラス戸の向こうに反自然的な光はいなく、代わりに蝋燭が幻想的な雰囲気を醸しながら揺らめいている。
一目で引き込まれたのは店そのものだった。
だが、ここに立ち入るまでの覚悟を、
男の俺が、明らかに女性向けの、桃色にあふれたカフェに足を踏み入れる覚悟を、
することが出来たのは彼の容姿が1番の理由だろう。
儚げな微笑み、俯きがちな目、女性のように可憐な顔、白く細い腕。
今にも折れてしまいそうな彼の存在という誘惑に勝つことは出来ず、気付けば扉を開き、足を踏み入れていた。
「きのこ、じゃなくて木下さん。」
「は、ぁ……きのこ?」
惚けたように俺の顔を見つめていた店員さん、木下さんは、俺の言葉に意識を覚醒させたようだ。
「すみません、髪型がどうしても気になってしまいまして。」
「あぁ、ストレートマッシュですか?綺麗にまとまっていいですよね。きのこって面と向かって言われたのは初めてですが、誰もがそう思うらしくって。」
「あぁ、いえ。それで、ですね、木下さん。」
「はい、なんでしょう。」
「あの……その、抹茶ラテ、を……お願いできますか。」
「承りました。お席の方にご案内させて頂きます。」
「あ、お願いします。」
俺の、勇敢でいて無謀な「毎日会う」という約束は、今のところ順調だ。
ああ、でも。
その分、彼がいない時は気分が沈む。
耐えきれない沈黙が嫌で、彼との静かで、それでいて優雅な時を楽しんでいる時が息抜きになる。
早く、早く仕事が終わればいいのに。
そうすれば、あなたにまた会えますね、木下さん。
「あいたい、です」
呟きは喧騒に掻き消されて、消えた。
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