第1章 貴方がくれるもの

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「大和(やまと)! 今日、皆でカラオケ行かね? 採点でビリの奴が全員分のドリンクおごりで♪」 カラオケだけでやたらと楽しそうな井上が少し羨ましい。 「あー……」 「いいじゃん、どうせ大和がビリになるわけないんだし」 「止めとく」 一斉に沸き上がったブーイングに軽く手だけ振って、少しだけ急いで家に帰る自分がいる。 自転車に跨って校庭をすり抜けると、もう散りかけの桜から止め処なく花弁がチラチラと舞っている。 校庭にはまだ入ったばかりのついこのあいだまで中学生だった奴らがズラッと並んで、次々に放り込まれる野球のボールを拾わされてる。 今日は歩(あゆむ)の帰りが早い日だから、どこにも寄らずに帰る。 バイトのシフトを見た限りじゃ、何もない日だったはずだ。 本人に確認したわけじゃないけど。 バイトのシフトだけじゃない、大学の講義のスケジュールだって覚えてる。 軽く……いや、けっこうなストーカーだよな。 でもあいつのことは全部知っておきたいんだ。だって……。 「あれ? 早いね、大和、おかえり~」 「……ただいま」 だって家族だから、腹違いだろうが兄弟なんだ。 歩の一番近くにいたい。 歩のことなら何もかも知っておきたい。 リビングで雑誌を読みながら、のんびり過ごしている歩がソファから顔を出して微笑んでいる。 柔らかそうな髪、触れたら心地良さそうな頬、優しい兄の笑顔に、にっこりと笑い返した。 でも歩は知らない。俺が歩に向ける笑顔は弟のものじゃないって。
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