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カッ、カッ、カッ。
聞きなれた足音に、俺は隣に居た同期と顔を見合わせる。
「来たな。今日は青かなぁ」
「どうだろうな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
ガチャリと音を立てて扉を開けて入って来たのは、真っ赤なスーツに真っ赤なヒールを履いた女だった。
仕事をしていた人間は皆そちらへと視線を向け、隣同士でこそこそと話し合う。
「今日は赤かー、外れちまったな」
「残念」
俺たちも例に漏れず、彼女を見ながら笑う。
すぐに彼女の元に上司が飛んでいき、毎日の日課となっているお説教が始まる。
「またお前はそんな派手な格好で出勤して!何度言ったらわかる!」
上司のお説教をどこふく風で聞き流す女。
今年新人社員で入社してきたその女は、初日から派手なスーツで通勤してきては上司に怒鳴られている。
最近では、何色の服を着て出勤してくるか賭けをする社員までいるほどだ。
上司が説教疲れして女を解放すると、彼女はこちらに向かって歩いてくる。
毎日毎日上司に怒られてご苦労なことだ。
それでも、彼女が仕事を辞めない上に、派手なスーツで出勤するのには理由がある。
「おはようございます」
「おはよう」
それまで無表情だった女が、にっこりと花が咲いたように笑った。
笑顔を向けられた先は、隣の同期。
「今日の色は、お前のリクエスト?」
「ああ、彼女なんでも似合うだろ?」
こそっと同期に話しかけると、同期はにやりと笑う。
同期とド派手な新人社員は、実は付き合ってるのだ。
そして、彼女の服装は同期の命令で着てきているらしい。
同期いわく、彼女はドMらしい。
上司に怒られ、それを全社員に見られて恥をかかされる。
それが、二人にとってはプレイの一つらしい。
俺にはわからない世界だ。
けれど、俺を無視して楽しげに笑い合う二人を見ていると。
まあ本人たちが楽しければそれはそれでいいのかな、なんて思う今日この頃だった。
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