メリット、デメリット

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メリット、デメリット

ヒートウォールの足元にかなり近づいた。車の窓越しでも、気流の咆哮が伝わってくる。車内冷房の稼動音も苦しそうだ。 ほどなくして車が停まったのは、故障のせいではない。「通行止めか。そりゃそうだな。これ以上近付いたら車も溶けそうだ」無数の赤いライトが点滅している。一真は再び車を動かし、迂回を始めた。 「一旦離れて、どっかで作戦会議でもするか。避難指示が出てるから、泊まるとこはないだろうけど」 作戦……ヒートウォールに近付くにつれ、夕子の口数は少なくなった。 例えば寝ずに考えていれば、次にすべきことを見つけられるだろうか。……見つけられる気がしない。 「一真さん、今までありがとうございました。ここで降ろしてください」「なんだ急に。他人行儀だな」 東京まで乗せてという依頼を、一真はもう果たした。これ以上振りまわすわけにはいかない。よしんばヒートウォールの状況が変わったとしても、この先もきっと危険はついてまわる。 「一人でどうやって妹助ける気なんだ? 何か具体策があるのか?」夕子は唇を噛み、目を閉じた。「どうにも、できません……」今さらだ。言葉にするとなんと虚しいことか。 衝動的に家を飛びだしたあのとき、自分は一体どうするつもりだったのか。何ができると思っていたのだ。 呆れて涙も出ない。成す術が、ない。 「近づけるとこまで歩いて、地道に妹を探します」「歩いていく? ここから先を? 皮膚が火傷するぞ」「でもこれ以上私といても、なんのイベントも発生しませんから……」 沈黙が続く。その間を繋いでいるのは、ラジオから繰り返し流れている、なんの進展もない災害情報だけ。 そのラジオが急に途切れた。少しの間をおいて、新しい情報が流れ始める。 『代々木から発生した火災はいまだ鎮火せず、東京消防庁も甚大な被害を――各地からレスキュー及び――いまだ状況は――』 アナウンサーの声から、千石総理と記者たちの声に切り替わる。 『今回のヒートウォール発生について、政府は予測していたんでしょうか?』『ヒートアイランド現象悪化による被害は、有識者からも提示されておりましたし、でき得る限りの対策も行ってきました。が、ヒートウォールという現象、あれだけの災害は我々でも予測ができず、発生は止められなかったと――』 千石総理の言葉に、夕子の口が開く。「何言っているの? こうなる前に止められたはずよ」一真が横目でちらりと夕子を見た。 『大勢の命がかかっているんですよ! 総理、今回の件どう責任を取るつもりですか!』 政治家が問題を起こすとすぐ耳にする「責任」という言葉が、夕子の神経を逆なでした。 「どうして今その話なの? 今何が起こってるかわかってんでしょう? 揚げ足ばっかり取って何かが進展するの? 誰かが責任取ってる間に朝美が助かるとでも思ってるのっ?」 一真は抑揚のない声で「そうだな」とだけ言った。 「何もやらずに相手を責めるだけなんて、行動して失敗する人の方がまだマシよ。失敗を経験してる人は強くなるわ。反省と誠実さがあるなら、簡単に辞めさせるべきじゃないのよ!」 「なるほどな」とだけ言った一真の声は、やはり抑揚がない。 「……ごめんなさい、つまらない話して」「そんなことはない。それより今の話の続きが聞きたい」「え? はい、えっと……政府が全部ダメって言ってんじゃないです。同じ人でも、その行いはいいけどこれはダメっていう状況、あるじゃないですか。白黒つけられないグレーな部分だってあるわけだし」 一真はまた、「なるほどな」とだけ言った。 『責任云々を申し上げるつもりはない。今は人命救助と被害の拡大を防ぐことを――』『ではなぜヒートウォールを破壊しないんですか! 総理、待ってください! どうして自衛隊に要請しないんですか? ビル群を破壊すればヒートウォールも消滅するのでは――』 ぷつりとラジオの音声が途切れた。一真の人差し指が、ラジオをオフにしていた。 「ちょっ、続きはっ? 一真さん早くラジオつけて!」「聞かなくていい」一真が車を停めながら淡々と答える。「なんでですか! ヒートウォールを消滅できるかどうかって話を今……っ」「だから!」一真の語気が荒くなった。「……夕子は、知らない方がいい」初めて聞く、いらだった一真の声。 「どうしてですか? 私が知りたいって思うのは当然じゃないですか」 車の中から見えるヒートウォールは、相変わらず巨大で、威圧的。外の者は寄せつけず、中の者は逃さない。見ているだけで足がすくむ。 一真が頭を掻く。その仕草は面倒臭いという意味なのか、あるいは困っているときの癖なのか。 「さっきの話聞いてたろ? 政府はヒートウォールに手を出す気がない」「どうしてですか!」 一真は頭を掻いていた手を止め、焦れる夕子をたっぷり待たせてから、重い口を開いた。 「ビルに囲まれて人も気流も逃げられない――というのは、一概に悪いことばかりではない。ある点についてはメリットがある」 一真は目の前のハンドルを見ていながら、どこか遠くを見つめていた。 「……わからない。ある点ってなんですか?」 一真がゆっくりと夕子を向き、右手で運転席の窓ガラスを、コツ、コツ、と叩いた。その手がパワーウインドーのスイッチを押し、窓が開く。肌にちりつく高温の外気が、一気に流れ込んできた。 ――夕子は、一真が何を言わんとしているかを、理解してしまった。 「防火だ」 熱風に髪を煽られた一真が告げた答え。それは、あまりにも無慈悲な策略。 「……火災を外に広げないために、政府はわざと手を出さないってことですか?」 今この身を襲うこの感情を、夕子は今まで抱いたことがない。 「そういうことだ。ビルというのは内部はともかく、外壁は燃えにくい。密集して囲むように建っていれば、内側で起こった火災はビル群が防火壁の役目をして、外側には広がりにくい。風も通しにくいしな」 なんてこと…… 「そのビル群を破壊すると風通しがよくなる。火は一斉に東京全土へ広がってしまうだろう。そうなればもはや消火は困難。政府が二の足を踏む理由は、つまりそういうことだ」 ナンテ、卑劣ナ―― 「あの超高層ビル群は、ヒートウォールの核になると同時に、そこに踏み止まらせるための柵でもある。……おい、大丈夫か?」 目の前が真っ暗になった夕子に、一真の呼ぶ声が耳をかすめた。 そんな……そんな、だったら―― 「中に、閉じ込められてる人たちは……朝美は……、見殺しって……こと……」 ――もう、お姉ちゃんは心配性なんだってば。千石氏も色々やってくれてるみたいだし。 今朝の朝美の姿が、夕子の脳裏に鮮明に現れた。 朝美、何もやってくれないよ……。何もやってくれないんだってよ千石総理大臣は! 「火傷したくないんだ政府は。だから中に閉じ込められた人間を、見限った」「やめてっ!」悲鳴に近い声。「そんなの、そんなの非道だわ!」震える手で顔を覆って突っ伏す。 一真はまた頭を掻いて言った。「だから夕子は、知らない方がよかった」 ヒートウォールを遠くに見下ろせる小高い丘。東京にしてはあたりは暗く、ヒートウォールだけが、赤とオレンジ色の入り混じった光をまとって浮かび上がっている。 光が時々揺らぐ。炎がまだ大きいのか小さいのかは、夕子には見ていてもわからなかった。 あのさ、と凪いだ海のような声音で、一真が口を開いた。 「夕子みたいに、妹がたまたまそこにいるっていうのは、不幸だけど、幸せでもあるよ。考えに迷いがない。助けるためにビルを壊せと言い張れる」 耳に流れ込んでくる一真の話を、夕子は助手席のシートにもたれて聞いた。時々揺らぐヒートウォールを見つめるその目に、生気はない。 「でももしも妹が、ヒートウォールの外側にいたらどうだ。同じように言えるか?」 ヒートウォールの外側に、朝美が……見つめる先に思い描くと、夕子は目を伏せた。「その時は、……ビルを壊さないでと、言うかも知れない……」 私は、ずるい人間か―― 「どちらを選択しても、かつてない規模の被害が出る。気が遠くなるほどの大勢の命が、自分の肩に乗っている。そういう立場だったら、夕子はどう決断する?」 静かな声音のまま一真が問う。夕子を責めているふうではなかった。 懸けるのは当事者の命だけではない。その家族の思いもだ。それでも妹一人のために、大勢の命を懸けられるか。 「……わかんない。わかんないよ、決められないよ! だってそれぞれの人に命があって、家族があって、人生があるのに。その人たちを犠牲にする決断なんてできないよ……っ」 一人一人に、同じだけの命の重さがある。目頭が熱くなって、夕子の目に映るオレンジ色のヒートウォールが揺らいだ。 「でも、ごめんなさい……。それでも私は、妹を助けたい――」 矛盾しているのはわかっている。大勢の命と、朝美一人の命。どちらが優先かなんて天秤になどかけられない。 答えなんか簡単に出るわけがない。一生出ないかも知れない。 それでも私は、朝美を失いたくない。 私は誰より朝美が大事だ。朝美がいなくなる人生なんて考えられない。受け入れたくない。 だから私は他の誰よりも朝美を助けたい。私は、私は……! ――私は、鬼だろうか。 「そうやって悩んで、迷って、苦しんで、夕子はやっぱり妹を助けたいと思う。でも苦しむってことは、夕子が他の人間をないがしろにしているわけじゃない」 唇を噛む。一真の言葉に心のどこかで、違う、と反論する。 違う、そんなきれいな話じゃない。私はそんな人間じゃない。そんな人間じゃないってことに、今、気付いた。 「千石だって同じ状況なら悩むだろう。あいつの肩には日本国民の生活が乗っているからな。私情を取るか、より多くの国民を取るか」 私情――耳が痛い。夕子がビルを壊せというのは、自分の妹を助けたいからに他ならない。 「夕子はほんの少し、家族に重きをおいた。千石はほんの少し、国民全体の方に重きをおいた。どちらもきっと、同じくらい家族を思い、他の命を思い、苦しんでいる」 そこまで言って、一真がふと、「ああ、そうか……」と顔を上げた。夕子も顔を上げる。一真はあごに手を当てて、フロントガラスの向こうを見つめていた。 「俺も自分で言ってれば世話がないな」「何がですか?」「父親のことだ。あいつが家庭をかえりみなかったのは、面倒臭かったんじゃなく、多分、そういう心境だったのかも知れないな」 独り言のようにつぶやいて、一真は遠くの風景を見つめていた。それは目に映る景色ではなく、彼のいつかの風景なのだろう。 「母親は早くに家を出た。顔はよく覚えていない。俺は祖父母に育てられてでかくなった。金には困らなかった。父親が勝手に送金してくるから。多忙な身でできる唯一の父親らしいことが、もしかしてそれだったのかもな」 父親に無関心だった一真が、関心を示し始めていた。そのことに夕子はじんわりと胸があたたまるのを感じた。 それでも朝美が見つからない現状は変わらない。無力さとあたたかさが胸の中で入り乱れる。己に失望しつつも、一真がもっと父親と近付くことができたらいいのにと、つい願ってしまう。 いつかの風景に思いを馳せる一真に、夕子は目を細めた。 「跡を継げと言われてるけど、あいつと同じになりたいとは思わなかった」「一真さんのお父さん、経営者とかですか? 多忙で、跡を継ぐことを求められるなんて」「……そうだな。経営者といえば経営者かも知れないな」 ということは、一真さんは社長の息子。浮世離れした性格は、そういう家庭環境からきているのかも知れないわね。夕子は密かに苦笑した。 「それ以外で今まで他人に勧められたものはなんでもやった。勉強も、ゲームも、合気道も。でも、すぐ飽きた」「すぐ飽きるのは、すぐわかっちゃうからじゃないですか?」 本当はきっと、すごく聡明なんだと思う。すぐ理解して、自分のものになって。でも使い道がなくて、だから飽きてしまう。 「あなたにゲームの世界は小さすぎるのよ」一真がかすかに目を見開いた。「あなたにはきっと、もっと広い世界が合っている」その能力を活かせる場が、きっとあるはず。 「――夕子はやっぱりおもしろい」「え? 今なんて?」「夕子、さっきヒートウォールを止められたはずだと言ってたな」 急に話が変わった。いつかの風景はどこへ行ったのか。 「どうしてそう思う?」「え? ……ええと」 夕子はシートにもたれ、大きく息を吐いた。車の中からは星がよく見えない。 「外、出ませんか?」 助手席のドアを開けて外に出ると、不純物が多く混じった、鬱陶しい熱気が肌に絡みついた。ヒートウォールの方からは、時折高温の空気が流れ込んでくる。 距離があるから、火災現場を見物している時に感じるような、「時々ちょっと熱いのが来るね」くらいの感覚で済んでいる。 前方の柵にもたれて夜空を見上げると、およそ空と呼べるような領域は、郷里のそれに比べるとひどく狭い。そこで瞬く星もまた、弱く、小さい。 運転席からのっそりと出てきた一真に振り向く。 「子供の頃、もしも総理大臣になったら何がしたいか、友達と話しませんでした?」「……どうだったかな」 思い出す仕草をするでもなく、一真は無愛想に答えた。 「もしも総理大臣になったら、チョコレート100枚食べたいとか、子供の頃はそんなたわいないことを言ってました。でも中学のときに、本気でやってみたいことができたんです」 眼下に広がる東京の夜景。いつもよりは暗いのだろうが、磁力で立ち上がった砂鉄のようなビル群に空は追われ、大地はアスファルトに覆われている。明るすぎる地上によって、星は光を奪われる。――こんなのは、本当の姿じゃない。 「何をやってみたいんだ?」夕子は子供のように無邪気な笑顔を向けた。「ビルとアスファルトを、全部引っぺがしたいんです」 この光景を初めて見たのは、中学の修学旅行で東京に来たときだった。 「だってあれが暑さの原因でしょう? 私だってわかりますそんなこと」 夜景が美しいだなんて、これっぽっちも思えなかった。天地を追いやるその光景が、怖いと思った。 だからこそ、そこに潜む「畏れ」を感じずにはいられなかった。 いつか、天地が怒るのではないかと。 「暑いって騒いでるのは都市部だけ。うちなんか山に囲まれてるから、朝方は肌寒いくらい」 こんな狂った自然現象を生み出す巨大都市は、繁栄と逆行しているように思えてならない。 「百年も前から騒いでいたことよ? 吹き込む風をビルが邪魔してるとか、アスファルトが熱を溜めるとか、都市型の異常気象だって騒いでる暇があったら、さっさと原因を取り除けばよかったのよ。それか岩手に移住するとかね。涼しいし、土地も広いし!」 軽快にしゃべるだけしゃべると、夕子は顔から笑みを消した。 「ヒートウォール……あれは、人間が自ら招いたこと。自業自得なのよ」 大地と風を塞いだ大罪に、天が怒っている――夕子は光を奪われた星々を見上げ、一真は夕子を見つめた。 「そうだな。もっと早くやっていれば、夕子の妹も行方不明にならなくて済んだ」一真の手が、夕子の頭にぽんと乗った。「総理大臣になって今一番やりたいことは、妹を助けに行くことだよな」 一真の言葉に、不覚にも涙がボロリとこぼれる。朝美がいない不安に、体中が支配されそうだった。 「ビルとアスファルトを引っぺがす、か。それおもしろいな。夕子、本当に総理大臣なれよ」「なってやりたい。なってやりたいわよ! それで妹を助けられるなら……っ。千石総理は何をやってるのよ! 助けられる力を持ってるくせに、あの人は一体何をやってるのよ!」 悔しい。もどかしい。どうしてこんなことに、朝美が巻き込まれなければならなかったのか……! 「こんな街、もっと早くに壊してしまえばよかったのよ!」 怒りに任せて、夕子は叫んでいた。肩で息をしていると、一真の反応がないことに気付く。東京で生きている一真に、今の言い方はさすがに悪かったと反省し、夕子はおずおずと様子をうかがった。 一真は、目を見開いて夕子を見ていた。いや、夕子を通して別のものを見ているようだった。 「――そうか。あのとき言ってた意味が、今わかった」「なんの話ですか……?」 一真が柵に手をかけ、前のめりになってヒートウォールを凝視する。夕子の言葉などまるで届いていない。新しいおもちゃを見つけた子供のような目をしていた。 「夕子、ヒートウォールが発生しているところと、その周りの景色を見て、おかしいと思わないか?」 え? と夕子は前方の景色を見た。目の前にあるのは、変化も救いようもない景色。超高層ビル群を核としたヒートウォールと、その周りを取り囲む―― 「そうよ、あのとき……」 それまで朝美のことしか考えていなかった夕子の頭に、突然、別の景色が現れた。昼間見た、ヒートウォール発生時の映像が。 一真を見上げ、きっぱりと答える。「おかしいと思います」一真に笑みが浮かぶ。「どうおかしい?」 夕子は正面を見つめた。ヒートウォールがある方角へ。 「超高層ビル群と、低い建物との境目が、はっきりしすぎてると思います」 興味深げに、ほう、と一真が漏らす。 「代々木公園の大規模火災から、気流が発生して周囲に広がったとき、大部分は超高層ビル群につかまりました。逃げ場がなくて、ビルに沿って都心に流れ込んで、ヒートウォールとなった……。でもごく一部は、都心の外側の、低い建物へも流れました。それらは建物にぶつかるうちに崩れて、消滅しました」 一真がうなずく。きっと二人とも、同じことを考えている。 「一真さん、あのビルの配置、誰かが意図的にやったんじゃないですか?」 根拠はわからないが、妙な確信がある。一真は夕子の頭にどっしりと手を乗せた。「正解」にんまりと笑みまで浮かべて。 「21世紀初期の頃は、環七のあたりはまだ木造住宅が多かったんだ。下町とかな」「カンナナってなんですか?」環状七号線、と一真が短く答える。 「当時も超高層ビル群はあったが、ここまで多くはなかった。その周りは木造住宅に取り囲まれていて、さらにその周りを環七が走っている。数十年後には今の超高層ビル群の配置がほぼ完成。範囲はずっと広がり、円形の城壁のようになったわけだ。それよりは遅れるが、21世紀半ばを過ぎた頃には、ほぼすべての木造住宅を鉄筋化したという」 「なんのために木造住宅をなくしたんですか?」「火災が広がるのを防ぐため」「ああ、なるほど」「――というのは表向き」ぎょっとして一真を見上げる。「……裏があるんですか?」 「たしかに延焼予防もあったろうよ。都心で起こった火災は、……さっき話したように超高層ビル群が防火の役目を果たす。よしんば外へ火が漏れたとしても、木造住宅は燃えない素材に置き換わっているし、環七も食い止めてくれる」 江戸時代、火事が起こると人々は燃え移りそうな家を引き倒して、延焼を食い止めたという。現代では広い道路がその役目を引き受けるわけだ。ただ、車に引火する恐れもあるだろうが。 「でもこの都市を作った大昔の誰かさんには、もう一つ、別の目的もあった」「火災を食い止める以外になんの目的が……。まさかヒートウォールを意図的に生み出すために?」「いや、まさかあれほどの現象が生まれるとは思ってなかっただろうよ」「じゃあ、なんのために……」「その人はさ、夕子みたいな人だったんだよ」「え? 私? どういう意味ですか?」 一真は夕子の目を見つめて微笑むと、東京の街を眺めた。 「壊したかったんだ」
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