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必要、ない?
「……建、殿?」
本当に?
「良いか? お前は、そのままでいいのだ。
たまには、年長者の言うことも聞け。わかったか?」
全く、この人は……ふふっ。
「いきなり、年長者を連呼しますね。
私を誰やらと間違えて、“ 薔薇 ”まで食べた御方とは思えない、ご立派な口ぶりです。
いやあ、感服しました。さすが、“ 年長者 ”ですね」
「……っ、お前! あ、あれはっ……あれはだなっ……」
ふん。私に口で勝とうなどと、百年早いですよ。
わざと『薔薇』と『年長者』を強調してやれば、両手を変な方向に振り回して慌てている。
盛大に口ごもっている顔は、武弥の持つ手燭(てしょく)で照らすまでもない。
確実に、真っ赤だ。
あぁ、面白い。
けれど、あなたのおっしゃる通りにしてあげますよ、建殿。
『明日からは、ひげはつけるな』
えぇ、わかりました。
あなたが恋焦がれている撫子と瓜二つの顔で、年中、傍にくっついて差し上げます。ぴったりとね。
私と撫子の違いは、黒子(ほくろ)の位置だけなんですから。
よし。明日は、絶対に参内しよう。
そう心に決めて、ひそかにほくそ笑んだ。
「……あー、その……あの薔薇の件は、だな。
お前の肌に乗っていた花弁が、本当に美味しそうだったんだ。
だから、誘われたのは仕方ないというか……実際、癖になるくらい甘く感じたしな……」
「……っ、ふはっ! あはははっ!」
もう、勘弁してくれ!
何なんだ、この人! 面白すぎだろう!
あなた、男の私相手にその気になったことを赤裸々に暴露してるんですけど?
駄目だ。笑いが、止まらない!
「あぁ、綺麗だ……なんと美しい笑顔なのだろう。
こんなところに、これほどに艶麗な華(はな)が、咲いていたのか。
薔薇よりも、撫子よりも、華やかで眩しいではないか。
どうして、今まで気づかなかったのだ、私は……」
涙が出るほど笑い転げていた私には、聞こえていなかった。
私を見ながら小さく呟いた、建殿の言葉は。
ただ、妙に熱っぽい視線が向けられているなと。
意識のどこかで、ひりひりと感じていただけ――――
-Fin-
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