【序】 月影(つきかげ)

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月影さやけき、秋の宵。 漆黒の夜(よ)の闇を縫うように、静かに動く影あり。 迷いなく進んでいた影が、ひた、と止まる。 目指す場所を見つけたのだ。 蔀戸(しとみど)の隙間から目に入った艶姿に、思わず漏れ出るのは、溜め息混じりの男の声。 「……ああぁ、美しい……」 影が凝視するその先には、なよやかに黒髪を梳き流した、ひとりの女人(にょにん)の寝姿。 「撫子(なでしこ)の君。ようやく、お会い出来た。 あぁ……なんと美しいのだ、あなたは」 蔀戸からすぐ脇の板戸にもたれて寝入っている為に、その上半身を愛で放題だ。 それにしても、何故、このような場所で寝入っているのだろうか。 が、すぐに合点がいった。 神無月に入ったというのに、今夜は蒸し暑く。 従って、眼前の女人も隙間風が入るそこで涼を取りながら寝入ってしまったのだろう。 薄物一枚を身に着けただけの、無防備なしどけない姿で。 青白い月光が浮かび上がらせる肌は、まるで目の前の男を誘っているかのように、真珠色に透き通って輝く。 男がそれまでに見知った女人など全て忘れてしまえる程の、凄絶な美貌が、そこにあった。 躊躇いなく蔀戸が上げられる。 ゆるりと歩を進める男の足元で、ギシッと、板敷きの床が音を立てた。 静寂を破るように響いた、無粋な音。 その音に反応して、ぴくりと上がったおとがいに焦った影が、足音荒く突進する。 「……なっ! だっ、誰ですっ!?」 上がった声の艶めかしさに、男の息遣いが荒くなった。 突進しながら何かに手が当たったが、構わず押し倒す。 冴え冴えしき月光のもと、大きく乱れ、広がる黒髪。 ――はらり、はらり 濃厚な甘さが、男の周囲でふわりと匂い立つ。 闇に映える、鮮烈な“ 赤 ”が、舞い散った。
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