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突然の闖入者に、温もりはすぐに離れた。
「迎えに来てあげ……あら、なぁに? 教え子とイケナイ時間?」
「は? 掃除を手伝ってただけだっつの」
「何だ、残念。通報してやったのに」
颯爽とした足取りで入ってきたのは、細い首にかかるウェーブボブが大人っぽい、大きな瞳が印象的な綺麗なひと。
「馬鹿なこと言うな。さ、行くか」
「っ!」
思わず声をあげかけて、慌ててそれを飲み込んだ。その理由は――
「あら、赤いハットなんて珍しいわね」
「似合うだろ?」
『行くか』と女性に声をかけた赤司さんがあのブリムハットをかぶったから。
「ふーん。あっ、ねぇそれ、私の口紅と同じ色だわ。スカーレットっていうのよ、その色」
違う、スカーレットじゃない。
そのポプラの色は、紅緋よ!
もう少しで、叫ぶところだった。
けど、そんなことしない。出来ない。
遠慮のない言葉遣いで、ふたりが親密な間柄だということが、これでもかと見せつけられていたから。
それから、私が選んだ帽子をかぶって平然と他の女性と出かける赤司さんの姿を『灰色』がじわりと覆っていくのが、見えたから。
「ねぇ、あなた? 私ね、谷津心愛(やつ ここあ)っていうの。コイツとは高校時代からの腐れ縁なのよ」
『高校時代』というワードに、灰色に染まった脳が、そろりと反応する。
あぁ、この人が『ここあ』さんなんだ。
「おい、何、自己紹介してんだ」
「いいじゃない。宣伝よ、宣伝」
「何の宣伝だよ。勝手なことすんな
――――じゃ秋野さん、またね」
私に、手が振られる。ふたり揃って。
けれど私は、ただ黙って見送った。
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