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「あれ。一番の真ん中に座っている人、ミコちゃんのお父さんとお母さんじゃない?」
すずちゃんが指をさす方向に視線を沿わせると、わずかに肩の上がったミコちゃんの両親が座っていた。
「演劇部、ロミオとジュリエット、間もなく開演です」
アナウンスとともに照明が落とされる。
「始まるね」
すずちゃんが声を落としてそう囁くと、ゆっくりと深紅の幕が上がり始めた。
***
「すっごく良かったね。感動しちゃった」
幕が下りて講堂の外に出て来るまで、すずちゃんがいつもより早口で喋り続けている。胸の前で手を握り締めていて、目はキラキラと輝いていた。
「ロミオとジュリエット、素敵だったな。命まで投げうっちゃうのよ? あんなに想い合えるなんて、それってどんな感情なんだろう。私も、恋したい」
女子だけの一貫校育ちの私たちには、恋なんて簡単には転がっているものではない。現実味がないだけに憧れも大きくなる。そんな子が大半だった。 恋――。
ふっと浮かぶ、あのブリムハットをかぶった笑顔……。 って、なんでそこであんな人のこと思い出すの? 恋なんてしたいとも思わない。 ロミオとジュリエットだって、最後は結局不幸になったじゃない。 お父さんとお母さんだって、好きで結婚したはずなのに今じゃあんな風。 恋なんかしたって――。
赤司さんの顔と、あの『心愛さん』っていう人の鮮やかな唇ばかりが浮かぶ。 恋をしたって、絶対に苦しくなるだけだ。 恋なんかしたこともないはずなのに、私はそんなことを思っていた。
講堂から校庭の賑やかな喧騒を抜けコの字型の校舎に囲まれた中庭まで来ると、息を切らしたミコちゃんが後を追って来たように現れた。
「今日は観に来てくれてありがとう!」
「ミコちゃん! 出て来ちゃって大丈夫なの?」
舞台のままの衣装で現れたミコちゃんは、まさにロミオ。舞台用メイクでしっかりと描かれた眉が、その表情をきりっとさせ本当の男の子みたいだ。
「ちょっとだけなら大丈夫だから。それより、どうだった?」
まだ舞台上の興奮の余韻が残っているかのような、ミコちゃんの通る声が中庭に響き渡る。
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