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「ねぇ、あの日の事覚えてる?」
西村愛莉(にしむらあいり)は静岡から帰る途中、不意に荒井楽人(あらいがくと)に問いかけた。
「あの日……心(しん)の事か」
愛莉は静かに頷く。
それは6月のはじめ。
「――お前、もう6月だぞ。いい加減に遅刻すんなよ」
「うるさいなぁ、リキ兄ぃ」
「学校でその呼び方やめろって言っただろうが」
静かな口調で注意する先生と、反省の色が全く見られない生徒は顔立ちや会話の内容から兄弟だろうと推測ができた。
その様子を横目に見ていた楽人はチャイムの音を聴いて教室に入ろうとした時、後ろから突然名前を呼ばれた。
驚いて振り返ると、さっきまで怒られていた彼が立っていた。
「お前、俺と一緒に音楽しようぜ。昼休みにお前の答えを聞くからな!!」
「じゃあな」とだけ言い残し、彼は楽人の隣の教室へと入っていった。
楽人はやって来た担任の先生に呼ばれるまでその場に呆然と立ち尽くしていた。
――それが、楽人と彼の初めての出会いだった。
――昼休み。
宣言通り、彼は楽人の元へやって来た。
人気の少ない体育館裏に連れて行かれると、彼は話を切り出した。
「決まったか?音楽の話」
「その前にひとつだけ聞かせて欲しい」
彼は堂々とした表情のまま頷いた。
「どうして僕が音楽をしてることを?」
「愛莉に聞いた。クラスにいるだろ?西村愛莉」
それを聞いて、楽人はこの2ヶ月の記憶から同じクラスの彼女の存在を思い出した。いつもにこやかな笑顔で、人に優しそうな女性らしい性格だ。
ただし、その彼女が彼と知り合いなのが少し意外だった。
「アイツ、俺の幼馴染でさ。色々と教えてくれるんだよね」
「そうなのか……。で、僕は何をしたらいい?」
彼は楽人に笑顔を向け、続けた。
「曲を作ってくれ!!お前と一緒にここで有名になりたいんだ」
『有名に』って……。
中学の頃から楽曲制作を始め、校内でもそこそこの注目を浴びていた。
――だから高校では静かに過ごそう……。
「どんな曲を作るつもり?」
「そんなの、これから考えるさ」
「え……」
愕然とする楽人に彼は再び笑ってみせた。
「愛莉に俺の話は聞いといてくれ。あと、放課後は3人で帰るぞ」
「3人って!?」
とぼけるな、とでも言いたげに彼は返事をした。
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