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「その奇妙な店は突然、私の前に現れたの」
君はそう言ってすぐに「ううん」と首を横に振った。
「気づいたら私は、そのお店の椅子に座ってた。甘いココアの香りが店内に漂ってて……」
少しずつ記憶を辿るように、ときおり空中を見つめながら言葉を紡ぐ君は、足下の白い小石を、右手の親指と人差し指で拾い上げた。
小石が朝日に照らされて、キラリと光る。今朝は、昨日の大雨が嘘のように雲ひとつない青空で、地面はほんのり湿っている。朝露で虹色に輝く草花は、足を止めてジックリと眺めていたくなる。
君も同じことを思っているみたいだ。
君は、公園のコンクリート造りのベンチから立ち上がって、虹色の草花へ近づいて行った。草花の脇にそっとしゃがんで、再び口を開いた。
「いま思えば、不思議よね。私、注文した覚えがないの。でもあの味はココアだった。目の前に置かれたカップに、私はためらいもせず口をつけたんだもの」
思い出したように、コクンと喉を鳴らす君。
「どうして私が珈琲も紅茶も飲めないって、わかったのかしら」
君の瞳をジッと覗き込むと、草花と、そのもっともっと奥に虹色の水滴が見えた。
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