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「そうだよ。あれが、わたしたちなんだ」
「この店は?」
「君のためだけの店だよ。君の話を聴くためだけの店」
「私の話を聴くための店?」
君は、カゲロウが目の前の黒い影だという事には全く驚いていないみたいだ。それよりも、自分の話を聴いてくれるという事に驚いているように思う。黒い影もそれを感じたのだろう、君に尋ねた。
「君は話を聞いてほしいと思っていただろう?」
「うん。だって、みんな私の話はおかしいって言うから、あまり喋らないようにしてた。でも誰かが聞いてくれたらいいなと思っていたの」
「君はおかしくないよ。君は君が感じたままに自然を、世界を楽しめばいいんだよ」
「そうなのかな」
「そうだよ。君が君のままでいたら、そのままの君を見てくれる人が必ず現れるから、だから感じたことを抑えたり誤魔化したりしなくていいんだ」
「難しい」
黒い影はいつのまにか、店の窓際に移動していた。やはり実体は無いのかもしれない。どこへ移動しても黒い影は黒い影のままだった。
「ね、こっちへ来て。外を見てごらんよ。君の海が見えるよ」
君と黒い影は並んで窓から外を眺めた。その視線の先には、青空と縦に伸びる入道雲が見える。でもその入道雲は横から見た景色だった。
「この景色じゃないの。下から見上げないと」
「じゃあ、わたしたちも元に戻ったら見上げてみるよ。君の海を」
それが、店での最後の会話だった。
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