第1章

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血筋(血脈)を書く前に、少しカリスマについて補足したい。 明治天皇は、明治という時代の象徴であり、明治神宮の存在もあって偉大な人物として認知されている。 が、しかし、明治天皇の人物像は余り認知されてはいない。 1枚の写真も無い事と、人物を語るエピソードが少ないのだ。(俺が淺学の為かも知れないが) 四方の海で始まる平和を希求する御製の歌とか、日露戦争前に戦力を強化する為に多額の資金を提供した事は知られているが、人間明治天皇の人物像は…… 明治天皇は我々から見ると、明治日本の発展と共に語られる存在であり、カリスマを個人的に発展させたとは思えない。 昭和天皇も、終戦まではその流れの中の存在だったと考えて良いだろう。 昭和天皇と明治天皇の違いは、帝国主義日本の始祖とその絶頂期の天皇という事の違いで、帝国主義という軍事的なカリスマをも加えた僅か三人の天皇だったという事だ。 その軍事的カリスマが消えた後も、昭和天皇は全国行幸という行為で、新たに国民と共に存在する安心感をもたらすというカリスマを構築した。 昭和天皇の人物像は、明治天皇と比較すると絶大な差を感じるほど知られているが、重要な事は、戦前の『天皇機関説で良い』発言にしても、『朕が討伐する』という2・26の時の発言にしても、終戦を決めた御聖断の時の発言にしても、全ての根底に立憲君主制の天皇としての意識が見える事で(田原総一郎の開戦に関する批判は、立憲君主を辞めろという事であり、立憲制度=法治国家を廃止せよと要求する事と同じ)昭和天皇ご自身は、象徴となった後でも、立憲君主として自己認識をしていたと思うのだ。 だから、昭和天皇は新たにカリスマを得た偉大な立憲君主(帝王)だと俺は考える。 カリスマの話はこれまでにして、血筋の話を始めましょうか。
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