6人が本棚に入れています
本棚に追加
それから、人々が寄り付かなかったその家に、たった一人の少年が住み始めた。近隣の人々の噂になっても、少年は全く気にしない。スーパーの買い出しを終え、少年は玄関扉を開けた。
「ただいま!」
少年は、何時も誰もいない家に、「ただいま」と言ってから入っていく。やっぱりあそこには何かいるんだ。はたまた、あの少年はオカシイんだ。などと言う噂を無視し、少年は扉を閉めて中へと入った。
少年の声がすると、すぐに玄関の廊下からニョキッと手が生え、二回手招く。これは、「おかえりなさい」と言う意味だ。
「今日は、お姉さんも使えるものを買って来たんだよ。見てみて!」
ナキの手には目など無いが、少年が何を買ってきたのかは分かる。ハンドクリームとカルジェルと呼ばれるネイル用品を買ってきたようだ。
「ってわけで、じっとしててね」
少年は地面に座り込み、その場でナキの手にハンドクリームを塗り始めた。始めはくすぐったそうに手を動かしていたナキだったが、次第に微動だにせず少年が塗り終えるのを待つようになっていた。気持ちいいみたいだ。少年はやったねと微笑んだ。
「さ、ハンドクリームはおしまい。乾いたら、ネイルしてあげるね」
「……」
こくこくと手を上下にやって頷いてみせるナキ。見たところ年下、浩太と同じ年くらいの少年だった。それゆえにか、この少年が可愛く思えてならなかった。生前の自分が見たら、年下の少年に甘えるようなこの姿には驚愕、そして絶望しているに違いない。今まで孤独だった彼女にとって、少年は大切な存在になりかけていた。
「うわぁっ!!」
ぼうっと少年のことを考えていたその時、少年が何時にない叫び声をあげた。心配になったナキは急いで彼の足元から現れると、目の前のものに少したじろいだ。
虫だ。虫が目の前にいる。
「わ、どど、どうしよう。僕、虫は大の苦手なんだよ。さ、殺虫剤……」
オロオロと立ち上がる少年。その際、タンスに足の小指をぶつけてもがき始めた。
口があったらため息をつきたくなるような頼りない少年。
見かねたナキは、その手を振り上げると、その身を思い切り虫にたたきつけた。
最初のコメントを投稿しよう!