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季節は秋になり、ケーキ屋さんのショーケースにも秋の食材を使ったケーキが並ぶようになった。
定番の栗のモンブランに、サツマイモのモンブラン。
ブドウを使ったショートケーキに、タルト。
どれも美味しそうでケースの前で上半身を屈めて迷っていると、「こんにちは」と頭上から声がして。
慌てて顔を上げるとパティシエさんがニッコリ笑ってこちらを見ていた。
「え、あの、こんにちは……」
「あのさ、ちょっと頼みたい事があるんだけど、今時間あるかな?」
今日は休みだから、ケーキを買ったら真っ直ぐ家に帰ろうなんて思っていた。
友達と予定も入れていない。
それくらいここのケーキが楽しみだったんだ。
「その、僕に……ですか?」
「10月のハロウィンに合わせてカボチャのケーキを試作しててね。君みたいな若い子の意見も聞いてみたいんだ」
「ぇえ!?」
僕なんかにそんな大役が務まるのか、オロオロと狼狽えていると、違う作業をしていた従業員の女の人が「若くなくて悪かったわね!」とその会話に入ってくる。
「私からもお願いしていいかしら? 何だか色んな試作品を味見しすぎて、どれがいいのか解らなくなってるのよね」
「え、でも……」
「専門家みたいな批評を求めてる訳じゃないのよ。ただ、どれが美味しかったかだけでいいの」
お願い、と従業員の女の人に頭を下げられ、もう断る理由も無くなってしまって。
「僕でいいなら……」
こちらこそ、と僕も頭を下げた。
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