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私は戸惑って店長を見た。
確かにここの人形は素晴らしいし、手元に置いてみたいとは思うが、やはり安い買い物ではない。
そしてあのマリカにそっくりな容姿の人形で、心が安らぐかどうかも不安だ。
店長の柊はそれを感じ取ったように続ける。
「そうですね……。じゃあもし1か月後、出来上がったその人形を見て気に入らなかったら、お買い上げ下さらなくて結構です。こちらから無理に提案したので、お代はいりません」
「え……。でも、それじゃあ商売にならないんじゃあ……」
「さっきのように、ここの人形を見て悲しいと思われるのは、何より悲しいですから」
「……はあ。じゃあ、……ものは試しで注文してみようかな。マリカの写真なんて今は持ってないから、出直すことになりますが」
郵送でかまいませんよ、と言ってくれたあと、店長はだいたいの価格をメモに書いて渡してくれた。
その金額なら、もし買う事になっても何とかなると、ほっとする。
写真は明日にでもここのポストに入れておきますよ、と軽い調子で言いながら、私は作業部屋を出て店舗へ戻った。
店内にはじっと私を見つめるサナの姿があり、手には小さく折りたたんだメモを持っていた。
私は期待を膨らませてサナに微笑むと、サナもふわりと微笑み、私にそのメモを渡してくれた。
そう……。私が期待していたのはそれだったのかもしれない。
サナが意味ありげに言った“おまじない”。
「では30日後の、今日と同じ満月の夜にお越しください。あなたのドールと一緒にお待ちしています」
店長に見送られて私は店を出た。
角を曲がるとすぐさまサナのくれたメモを開いて読み、まだ酒臭い息を大きく吐き、そして夜空を見上げた。
丸い銀の月が、まだほろ酔い気味の脳に染みる。
今宵は満月。
なにか起こっても不思議ではない、満月の夜。
***
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