好き嫌いはダメ

3/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
§  事の発端は一週間ほど前。  老舗の旅館で食事をしていた時に出てきたエリンギを私が残したのが今ここにいる原因で元凶だ。  私の家は名家と呼ばれ、代々引き継がれる有名な家庭なのだが私もそのあと取りとして厳しく育てられた。  言うなればお嬢様なのだが、お嬢様ゆえに作法やマナーについては両親は厳しかった。  食べず嫌いなんて以ての外。  でも私は、エリンギだけは嫌いなのだ。  だから食べずにそのまま残してしまったのだけどお母さんはすごい剣幕で私を叱りつけ、そしてこの場所に連れて行かれる羽目となる。  厳密には私の家に食べず嫌い撲滅委員会という団体がやってきて私を攫ったのだ。  お母さんが呼んだらしいが、はっきり言って胡散臭い宗教だと思った。  両親は常識のある人だからこんな集団に引っかからないだろうと思っていたのに。  そして私は刑務所のようなところに連れられて、苦しみを強いられる生活をする事となった。 ーーーー  まず、ここは食わず嫌いな人を収容し、克服させるための場所だ。これは収容されてすぐに説明があった。  嫌いなものを美味しいと思えるまではずっとここにいなければならない。克服していなくても演技すれば、と思ったがどうやら表情筋の動きを読み取れる機械があるらしく食べている時に美味しいかどうかが分かるらしいので嘘は通用しないとあっさり説明された。  まず、収容されてすぐに私は小さな小部屋に案内される。どうやら私の部屋らしい。そこに入ると着替えを済ませ、ビデオを見せられる。  それは滑稽にもエリンギの成長過程を映したビデオだった。  それを何度も繰り返し見る羽目となる。  小さなガラス張りの箱にカビが生えまくり、薄暗いところで白いものが段々と伸びてきてエリンギの形をなす。  延々と見せられた。 『ほーら、美味しそうでしょ? 見てくださいよ、このフォルム。美しい造形ですね』  栽培者が実際にできたエリンギを摘んでコメントしていたがその人がカッコいい以外に思うことはなかった。 『とっても美味しいので、是非食べてくださいね〈加奈子〉さん』  テレビ越しに名前を呼ばれて一瞬ドキッとする。まさかこのビデオ、私のためだけに作られたビデオだったのか。  テレビ番組の一部をカットしてきたものだと思っていたけれど、無駄に金かけてるわね。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!