好き嫌いはダメ

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 有刺鉄線の天辺にたどり着き、跨ごうと片足を上げた瞬間だった。 「いたぞ! あそこだ!」 「っ!」  見つかった!  しかも向こうはライフルを持っている!  一瞬、血の気が引いた。  銃弾が私の体を貫くのを想像しただけで体が粟立った。  それは今までに感じたことのない気配。  死線だ。  今、私の体と遠くに見える警備隊は死線で繋がっている。  その線を伝って銃弾が放たれた瞬間、私はもう。  恐怖は時として臆病を凌駕する。  再び柵を伝って降りるのでは間に合わない。  天辺から地面までの高さは五メートルほど。このまま飛び降りるのは躊躇われる。  けれどここから飛び降りなければ死ぬかもしれない。  ほら、今もう警備隊が銃を構えてる。  勇気を出せ、私!  早く。大きな深呼吸をして一拍間をとってから私は飛び降りた。  バァン! という発砲音が聞こえてくる。テレビでしか聞いたことのない本物の銃の音。  それは自分に向けられる筈のない音なのに、弾丸は私を目掛けて飛んでくる。 「ぐあっぁぁぁぁぁ! 痛い! いだいよぉぉ!」  右の肩に衝撃と体を抉る異物の感覚がまざまざと感じる。木々のざわめきのような鳥肌が立つ。  痛いなんてものじゃない。  イメージを裏切らない壮絶な痛みは私の足を止める。着地にも失敗して足首も少し曲げただけで激痛が走る。  けれどここで足を止めたらそれこそ全てが無駄になる。 私は痛みを、今だけは忘れるよう懸命してて起き上がり満身創痍の体に鞭打って、駆けた。 「ぐぁぁぁ、ぁぁ!」  肩が痛い、痛いよ!  熱いものがドクドクと溢れ出てくる感覚。失神してしまいそうなほど気持ち悪い感覚だった。まるでライフゲージがこぼれ落ちているようだった。  自分の命が減っているのを容易く体感出来ている。感じたことのない感覚はひたすら恐怖だった。  このままだとどうなってしまうのか。  分からない。痛い、いたい。   「うっ、ぐうっ! いだいよぉ」  こんなに弱音を吐いて。本当に私?  目が霞んできた。  さらに涙で余計に視界が悪くなる。  理不尽な世界に私は涙を我慢せずにはいられない。  何で私だけこんな目に。  もう、やだよぅ。
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