4.帰宅

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人身事故で止まった電車が再び動き出したのは、22時を過ぎてからだった。 結局、地元に着く頃には日付が変わっていた。 罪悪感と興奮が入り交じる体を引きずって、最寄り駅から我が家への道のりを歩く。 (まだ、娘の部屋に閉じ籠もっているんだろうか) しかし家に近づいてくるにつれて、玄関と居間の明かりがついていることに気付く。 思わず家に向かって駆け出した。玄関の鍵は開いていた。 扉を開くと、カレーのにおいが漂ってくる。 「ユキエ……?」 廊下からそっと声をかけるが、返事はない。しかし、リビングには明かりがついていた。 「起きているのか?」 食卓には所狭しと食事が用意されていた。 カレーピラフ、春巻、から揚げ、ミートソースのグラタン……全て私と娘の好物だった。 「あら、お帰りなさい。遅かったのね」 背後から響いた声に、びくりと振り返る。一瞬、娘が立っているのかと錯覚した。 身なりを整えた妻が、いそいそと私に歩み寄る。 「疲れたでしょう。すぐ温めるから、少し待ってて」 朗らかな声、憑き物が落ちたように穏やかな表情。くたびれた部屋着ではなく小綺麗な私服を着て、顔には薄い化粧まで施されていた。 ここ数日からは考えられない光景だった。まるで数十歳も若返ったような妻の姿に、現実感が湧かない。狐につままれたような気分だ。 「……もう、大丈夫なのか?」 「ええ。もう“食べても大丈夫”。ごめんね、心配かけて」 妻が手を伸ばす。反射的に、いつものように上着を脱いで手渡した。 「今日ね、とてもいいことがあったの。お祝いしようと思って、少し張り切っちゃって」 伏せてあったグラスを表向け、私を手招きする。 「お父さんもお疲れ様。ほら、食べよう?」 そう言って、はにかむように笑った。遺影の中と全く同じ笑顔に、くらりと目が眩む。 すらりと細い長身、妻譲りのくせ毛と幼顔。はにかむと笑窪が出来る頬。 ――――――――ああ、娘は死んでなどいなかった。 「うん。ありがとう」 こらえきれず、目から涙があふれ出す。そんな私を見て、娘は不思議そうに首をかしげる。 「どうしたの、お父さん」 両手を広げ、食卓の前で立ち尽くす娘を力の限り抱きしめた。
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