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人身事故で止まった電車が再び動き出したのは、22時を過ぎてからだった。
結局、地元に着く頃には日付が変わっていた。
罪悪感と興奮が入り交じる体を引きずって、最寄り駅から我が家への道のりを歩く。
(まだ、娘の部屋に閉じ籠もっているんだろうか)
しかし家に近づいてくるにつれて、玄関と居間の明かりがついていることに気付く。
思わず家に向かって駆け出した。玄関の鍵は開いていた。
扉を開くと、カレーのにおいが漂ってくる。
「ユキエ……?」
廊下からそっと声をかけるが、返事はない。しかし、リビングには明かりがついていた。
「起きているのか?」
食卓には所狭しと食事が用意されていた。
カレーピラフ、春巻、から揚げ、ミートソースのグラタン……全て私と娘の好物だった。
「あら、お帰りなさい。遅かったのね」
背後から響いた声に、びくりと振り返る。一瞬、娘が立っているのかと錯覚した。
身なりを整えた妻が、いそいそと私に歩み寄る。
「疲れたでしょう。すぐ温めるから、少し待ってて」
朗らかな声、憑き物が落ちたように穏やかな表情。くたびれた部屋着ではなく小綺麗な私服を着て、顔には薄い化粧まで施されていた。
ここ数日からは考えられない光景だった。まるで数十歳も若返ったような妻の姿に、現実感が湧かない。狐につままれたような気分だ。
「……もう、大丈夫なのか?」
「ええ。もう“食べても大丈夫”。ごめんね、心配かけて」
妻が手を伸ばす。反射的に、いつものように上着を脱いで手渡した。
「今日ね、とてもいいことがあったの。お祝いしようと思って、少し張り切っちゃって」
伏せてあったグラスを表向け、私を手招きする。
「お父さんもお疲れ様。ほら、食べよう?」
そう言って、はにかむように笑った。遺影の中と全く同じ笑顔に、くらりと目が眩む。
すらりと細い長身、妻譲りのくせ毛と幼顔。はにかむと笑窪が出来る頬。
――――――――ああ、娘は死んでなどいなかった。
「うん。ありがとう」
こらえきれず、目から涙があふれ出す。そんな私を見て、娘は不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの、お父さん」
両手を広げ、食卓の前で立ち尽くす娘を力の限り抱きしめた。
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