1人が本棚に入れています
本棚に追加
しなびた漁師町の丘の上にポツンと立つ停留所にバスが停まった。
バスから降りて来た中年男は、上着のポケットからゴソゴソとタバコのケースを取り出した。
そうして物ぐさそうに、くしゃくしゃになったタバコに火をつけて吸った。
「ふぅ~う…」中年男はうまそうに煙を吐き出しながら、一息ついた。
バス停の下には、港町然としたU市の風景が広がっていた。それはどこにでもあるような田舎の漁師町だった。
「あんた。旅の人かね~?」
杖をつきながら近づいて来た人の良さそうな老人が、中年男に声を掛けた。
「えぇ、まぁ…」中年男はそう答えた。
「もしかして、蜃気楼を見に来なさったんかね?」
「蜃気楼…ですか?」
「あぁ、この町は沖に蜃気楼が出るんでな~…時々、よその人が見に来なさるんじゃわ」
「へぇ~…そりゃぁ、見てみたいですね~…せっかく来たんだから」
「見られるとえぇの~…たまにしか出ないからのぉ」
そう言うと、老人はとぼとぼと歩きながら、丘の向こうに去って行った。
見送った中年男は、タバコの吸殻を無造作に投げ捨てると、古びた旅行鞄を手に、町の方に下りて行った。
いかにも田舎町らしい、こじんまりしたU市の警察署…その署長室に若い刑事が入って来た。
「失礼します、署長。お呼び出しを受けてまいりました」
「あぁ、来たかね近松君。待っとったよ」
大きなお腹を大儀そうに持ち上げながら、署長は椅子から立ち上がった。
そうして、応接椅子に座っている風采の上がらない中年男を、若い刑事に紹介した。
「こちらは本庁から、例の広域事件の捜査に来られた刑事さんだ。土地に不案内だから、君が案内して差し上げてくれ」
「はい、了解いたしました。署長」近松はそう答えた。
「よろしくお願いいたします。近松刑事」中年男はいんぎんに腰を屈めて、近松にお辞儀をした
「いぇ、こちらこそ。ええっと…」
「ヤマさんでいいですよ、いつもそう呼ばれてるので…早速ですが、聞き込みに回りたいんだが」
「はい、いいですよ。車を取って来ますので、少しの間お待ち下さい」
そう言うと近松は一礼をして、車を出すために署長室を出た。
(本庁の刑事って、もっとキビキビして恐いのかと思ってたけど、普通のおっさんなんだなぁ~)
近松は何となく安心すると同時に、今会った中年刑事に何だか頼りなさを覚えた。
最初のコメントを投稿しよう!