第51夜 ー穴蔵ー

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 女性は慣れた手付きでホームに上がってきた。さほど高くないので、ある程度の身長と力があれば簡単に上がることが出来る。  すっと立ち上がり乱れた髪を直して、ふぅと吐いた声が神藤に聞こえた。  ロングのスウェットパーカーにジーンズを合わせ、ヒールがあるショートブーツを履いている。  また背中には黒い熊のリュックを背負っているが、見た目はどう見てもぬいぐるみだ。もこもこな熊が直接、背中にくっ付いているようにしか見えない。  ラフな格好の中で浮いた存在。服装と合ってないなと、そう感じたのが正直な感想だった。  隠れながら彼女を観察し、ようやく登録者に出会えた緊張が増していく。このチャンスを逃してはならないと、焦りのようなものもあった。  しかしそんな感情の中には、感心の念も含まれていた。  てっきり地下エリア内の移動範囲は、長い1本通路しかないと思っていた。線路内は浸入禁止と言う固定概念に縛られて、そんな考えは浮かんでこなかった。  ちゃんと冷静に考えさえすれば、線路の上を歩く案も出てきただろう。  それに気付かされ彼女に対し素直な感心と、もっと頭を柔らかくしないといけないなと思った。  だが感心もここまでだ。  今女性は背中を向け神藤に気付いていないが、振り返られればアウト。完全に見付かってしまう。  となれば、気付かれる前に殺るのがいいだろう。それが例え、武士道精神に反すると言われようとも――。  神藤はずっと装備していた剣を握り締める。一瞬薙刀に変えようとも考えたが、その時間さえも惜しんだ。  足音は立てないよう。かつ素早く距離を詰める。  ふたりの距離はそこまで遠くなかった為、それは簡単に実行出来た。  背後を取り、剣を胸の高さで引く。そのまま勢いよく突き出そうとした時、リュックのはずの熊が急に動き出した。 「ウオオォォォー!!」  熊の体は3倍くらい大きくなり、犬の遠吠えのような声を上げる。まるで威嚇するように、鋭い牙と爪を神藤に見せた。
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