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まさかリュックが動き出すとは、誰が思うだろう――?
神藤も例外なくそのひとりで、予想外の展開に驚愕する。驚きから手と足が止まり、遠吠えに反応した女性を振り返らせてしまった。
女性も女性で、背後を取られていたことに気付いていなかったので、ハッと驚いた表情を見せる。しかしすぐに距離を取り、臨戦態勢になった。
睨み合う距離に、神藤の顔が苦く歪む。
一撃を入れられなかったことは手痛い。こうなることを避けたはずなのに、結局対峙することになったのだから。
それにあの熊のリュックは何なんだ? と疑問が頭の中を駆ける。
ナイトメアでは普通では有り得ないことも有り得る世界から、何らかのアイテムだろうと予測は付くものの、ちゃんとした効果内容は分からない。
しかもさっきは恐ろしい形相で威嚇してきたが、女性が正面を向いたことにより見えなくなったからか、唸り声さえ聞こえなくなった。
そのまま大人しく動かないのであれば問題はないが、もし攻撃などにも加わり2VS1になるならば、厄介になることこの上ない。
そう考えると、神藤の表情はますます苦々しいものになった。
最初こそ厳しい顔付きをしていた女性だが、表情がふっと緩む。安心したような笑顔を見せ、話し掛けてきた。
「よかった……。誰かいた……」
身長のわりには可愛らしい声。彼女もずっとひとりで彷徨っていたのか、本当に安堵していることが伺える。
と言うことは初心者? いや、それはないだろう。どう見てもあのリュックはこの世界の物だ。
現実の世界から所持品を持ち込むことが出来るが、それは色々と限られる。
12時の時点での服装のポケットに入っていた物が対象であるが、凶器、危険物等は問題なく反映されない。また時間が分かる物、携帯や時計も持ち込めない。
そして拘束出来る物、使い方次第で凶器となり得る物も排除される。ほんの小さな小石やお金すら排除されるのだから、何かを持ち込めた時の方がレアだ。
そんな厳しい制限がある中で、動くリュックを持ち込める訳がない。ただ彼女も、この地下エリアには初めて来たってだけだ。
あれこれリュックについて考えていると、女性はふっと微笑む。
「このまま誰とも会えないのかなって、本当にひやひやしたよ」
ぱっと出現させた黒いグローブをはめる。腕を垂らしたまま装着させた先には、丸い輪っかがゆらゆらと揺れている。
まるで宙に浮いているように見えたが、女性が手繰り寄せたことから、グローブと細い糸で繋がっていることが分かった。
「――でもこれで、今夜の一殺分稼げる」
可愛らしい声から一変、不敵さを混じえると、女性は右手に掴んでいた輪っかを飛ばしてきた。
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