第51夜 ー穴蔵ー

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 どうにもこのタイプは苦手だ。  数日前に戦った児玉を思い出す。彼の武器も使用者が自由に扱う蛇腹剣であったが、そう言う遠距離武器に対し、苦手意識が付いていた。  それが彼女を前にして更に強まる。戦いにくさから逃げ出したい気持ちが沸き上がり、ストックの有無など関係なくなった。  ――何より大事なのは、生きて目覚めること!  脳裏に榊の顔が思い浮かぶ。殺すことより逃げる方向に切り替えようとするが、引っ張り合う均衡が崩れない。  ギチギチと糸が音を鳴らす中、何とか対策の考え巡らす。しかし焦りから上手く頭は回らず、そうしているとふっと体が軽くなった。  足を踏ん張っていた為、体は前のめりになる。  引っ張ることを止め力を抜き、神藤の体勢を崩すことが女性の狙いだった。  思惑通りになる。転けそうになる男を尻目に、巻き付いていた輪を手元に戻す。  手に取り即座に追撃を投げれば、何とか倒れずに堪えた神藤が上体を起こした。  パッと顔を上げれば、すぐそこまで輪は迫っていた。防御も回避も間に合わず、回転する刃は首を撫でていった。  直後、血が噴き出す。もう少し深かったら頸動脈を斬られていたかも知れない。  運良く皮を斬られた程度で済み、それが分かるとぞっと背筋が寒くなった。  神藤はくるりと背を向け走り出す。 「待て!」  女性は逃げる神藤に向かい、返ってきた輪を投げた。逃亡を阻止せんと狙った一撃は、足首を絡め取る。  ぐっと手元に糸を引っ張れば体を倒し、足を斬り裂くことに成功した。  ――それで動きは止まるはずだった。  だが倒れた反動で神藤の体はごろごろ転がり、線路内に落下する。打撲と切り傷の痛みは強烈だったが、急いで立ち上がりこの場から逃げ出していく。  結果、逃亡を助長する形となり、女性の苛立ちが含む舌打ちが鳴らされた。  斬られた右足を庇いながら、ひょこひょこ走るスピードは何とも遅い。  起き上がった方向がそちら側だったので、そのまま②番ホームに向かっていた。  歪む表情は痛みからだけではなく、他にも原因があった。反転する間がなかったとは言え、こちら側に来てしまったことを、神藤は激しく後悔していた。  ――その後悔が、数分後に良しと変わるとも思わずに。
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