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「……何だ?」
聞こえる方に顔を向け、ぽつりと呟く。
しかし向いた先は壁しか見えず、戻って "何か" を確かめようにも、それは余りにリスクが大きい。
追って来ている女性と距離を縮めてしまうことになるし、"何か" も危害を加えてくる物なのかも知れないからだ。
ぼうとその場に立ち尽くす神藤。音と振動は徐々に強まり、そこでようやく "何か" の正体が分かった。
――電車だ……!
その時、熊が威嚇声を上げる。背後から迫る敵――つまり電車の存在を女性に知らせる。
だが次の瞬間、金切り声の悲鳴が上がったかと思えば、すぐに声は止んだ。
やがて神藤がいる通路の中に微かな風圧を届け、電車が走り去って行ったのが分かった。
狭い通路の壁に背中を着け、そのままずるずると下がっていく。力なく座り込んだ神藤は、ははと乾いた笑いを零しながら手で顔を覆った。
もう女性が追って来ることはない。
彼女の身に何があったかは、確かめなくても瞭然だったから。
もし④番ホームに向かっていたら、自分も轢かれていただろう。そちら側にもこの隠し通路はあったかも知れないが、もしかしたらここにしかないのかも知れない。
それを今知る由はないが、この通路を見付け、来たことが神藤の命運を分けた。
それが分かると、自然と何故か笑いが込み上げてきた。女性の轢死の事実と自分だけが助かった喜びが混じり、よく分からない感情が気をおかしくさせる。
女性の死因は言わば事故死。だから自分が殺したと言う判断にはならず、結果ストックを減らす形となってしまったが、そこまで残念だとは思わなかった。
座り込んだ神藤が立ち上がることはなかった。
別の登録者を捜すこともせず、命あることを感謝しながら、暗闇の中でタイムリミットがくるのを待ち続ける。
ものの5分も経たない内に、時間切れが迫る音が頭の中に鳴り出す。聞き流していると数秒後、神藤の意識はぷつりと切れた。
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