163人が本棚に入れています
本棚に追加
「もういいよ。目を開けて」
ハルの声にそっと瞼を上げれば、緊張したようなハルが正面に座っていた。
「ヒナにははっきり言わないとわからないってことを忘れていた」
そんな前置きをしたハル。私が鈍感だってこと?
文句を言おうとした私の口を、ハルが人差し指でそっと押さえた。
「ヒナ、俺と結婚してください」
そんな言葉とともに差し出されたのは、どこからどう見てもエンゲージリング。
お花の形の台座に輝くダイヤモンド。こ、これはもしやシャネルの?
親友の杏里が雑誌を見ながら、『これ、可愛い』と話していたのと同じのだ。
「え⁉ これ、本物?」
「デザインが可愛くて、これが一番ヒナに似合うと思ったんだけど。やっぱり自分で選びたかった?」
不安そうなハルの顔と指輪を交互に見るしかない私。
「えっと……」
正直、結婚なんて全然考えていなかった。
そりゃあ、私だっていつかは結婚して子供をもって、という未来は思い描いていたけど。
こんながさつな私が誰かの奥さんになるなんて、想像もできなくて。
もちろん、その”誰か”はハル以外には考えられないんだけど、このままの私じゃハルに申し訳ないっていうか。
眉をハの字にして口を開きかけると、ハルが焦ったように遮った。
「断らないで! 返事はYesしか受け付けないから」
「でも」
「なんで? ヒナは俺を愛してるんだよね?」
泣きそうな顔のハルに大きく頷いてみせた。
「だったら、なんで? あ、もしかして、さっき言ってたこと? 『いつかは別れて他の人を好きになる』って。俺は一生、ヒナに夢中でいる自信があるよ」
いつもよりも早口なハルに、私は首を振った。
ハルからのプロポーズが嬉しくないわけじゃない。
でも、私はハルと違って、自分に自信がない。
こんな素敵な人に愛され続ける自信も、ちゃんと奥さんをやっていける自信もない。
自分のことだけでいっぱいいっぱいなんだから。
最初のコメントを投稿しよう!