163人が本棚に入れています
本棚に追加
フライパンの蓋を取って水分を飛ばすと、バターの香ばしい匂いがした。
よしよし。初めて作ったにしては、いい感じに焼き色がついてて美味しそうだ。
独り暮らしのハルは自炊しているけど、食器の数が圧倒的に少ない。
お茶碗もお椀も1つずつしかないから、深めのお皿によそうことにした。
「なんかゴメン。食器のことなんて全然考えてなかった」
しょんぼりしながらハルは盛り付けたお皿をテーブルに運んでくれた。
「ううん。逆に全部2つずつ揃ってたら、嫌だったよ」
ハルは背が高くて顔立ちが整っていて、誰が見たって文句なしのイケメンだ。
性格は真面目で穏やかで優しい。
私なんかにはもったいないぐらいの完璧な彼氏なんだ。
私にとってハルは初めての彼氏だけど、当然ハルには付き合っていた女性たちがいるだろう。
元カノが何人いて、どこまで深い付き合いだったのかなんて聞いたことはないけど、きっとこのマンションに来たことがある女は何人もいるはずだ。
もしかしたら同棲していた彼女のお茶碗が残っているかもと予想していたから、お茶碗が1つしかなくてほっとした。
そういう痕跡は見たくない。
誰かと同棲していたとか、結婚の約束をしていたとか、実は子どもを孕ませたことがあるとか。
ハルの過去はきっと知らない方がいい。
「ヒナ? 2つずつって」
「さあ、あったかいうちに食べよ?」
ハルの言いかけた言葉を遮ったのは、聞きたくなかったから。
「いただきます」
2人で手を合わせてから食べ始めた。
「お味噌汁、どう? 薄かった?」
「ちょうどいいよ。旨い」
「胡麻和え、お砂糖入れすぎたかな?」
「いや、ちょうどいいよ」
「ご飯の水加減、どうだった? 私は少し硬めが好きなんだけど」
「うん、俺も。これぐらいの硬さがいいよ」
ちょっとうるさいぐらいに聞いている。それは自覚しているけど、聞かずにはいられない。
今日、1回だけ作って終わりにしたくないから。
この先も、ハルにご飯を作る機会は何回もあると思いたいから。
全部”ちょうどいい”と言われたから喜ぶべきなんだろうけど、何だか改善点を見つけられずに困ってしまう。
ハルは100パーセント満足なの? それとも次なんてないのかな。
最初のコメントを投稿しよう!