0人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
TORABARD 「小さなしあわせのうた」 著:NITRO
大型LEDビジョンや看板に目を奪われ、足元に留意する間もなく群衆の波が交互に押し寄せる渋谷のスクランブル交差点。
都会を象徴するこの場所では青信号に変わるたびに約3000人が交差し1日あたりの通過人数は約50万人といわれている。
スクランブルという言葉には〝繁華街の交差点で、信号の一種として、車をすべて止め人間に自由な方向に歩く
ことを許すもの〟又は〝ひっかきまわす〟という意味合いがあるらしい。
物事が時間通り滞りなく行われるのがあたりまえで、効率良く過ごすのが都会で生きる社会人の基本である。
最小限の労力と時間で最大限の結果を出さなければ、世の中のペースに乗り遅れてしまうのだ。
多種多様な人々はそれぞれが目的の為に足早に歩いていく。
そんな交差点の沿道の広場で、信号が点滅するリズムと同調するかのように体を揺らす人集りができていた。
その導因は、ポップロックチューンのバラード曲を披露している一人のストリートミュージシャンだ。
信号の点滅が終わると、奏でているチェリーサンバースト色のアコースティックギターをストローク弾きからア
ルペジオに変えた。
すると曲がスローバラードへと変わり、ストローク弾きのときには姿が見え隠れしていたボディのハチドリがよ
く確認できた。
ネイティブ・アメリカンの間では、ハチドリは愛と美と幸せの象徴であるといわれている。
平和のメッセンジャーとして、人生の困難に際して、導きを与えてくれているといい伝えられており、大きな出
来事の前にハチドリを見ることは、吉兆であると考えられていた。
広場に咲く桜の木の下では、日本の平和のシンボルが首を前後に振りながら曲のリズムに乗っている。
ひらひらと舞う桜の花びらのように滑らかに動く指から鳴るメロディに、甘く澄み透った歌声が重なる。
交差点では速やかに動いていた足を微動だにさせなくなった観覧客の頭上には花びらが心地よく何枚も着地して
いた。
そしてアルペジオの指が柔和に止むと、鳥の囀(さえず)りは終わった。
「おおきに」
幼稚園を中退してから義務教育を拒否し、父との喧嘩が原因で15歳のときに大阪の実家を飛び出したニトロは
ギター片手に全国を放浪している吟遊詩人である。
最初のコメントを投稿しよう!