第1話

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本名は西本太郎(ニシモトタロウ)というが、太郎というありきたりな名前が嫌で、フルネームを略したニトロ と周りには呼ばせている。 歌い終えたニトロは、右ポケットから取り出したスキットルの蓋を開け、それを一口流し込んだ。 喉元を通り過ぎたウイスキーの芳醇さを堪能していると、観覧客の中の男が話しかけてきた。 「いやぁ、お兄さんの歌声エモいですね! 最後の曲、心にジーンときましたよ!」 「おおきに。 まぁ、巷では〝ナニワのエモイスト〟って呼ばれてるからなぁ」  「今夜、この近所のクラブでイベントをやるんですけど、よかったら招待するのできてください」 男はニトロにイベントのチケットを手渡した。 「へぇ、それはどんなイベントですのん?」 「人工知能を使ったメディアアートのDJイベントです」 「めっ、めであ…… あーと?」 「人工知能に作曲をさせてその曲を流すんです。 一応、名刺も渡しておきますね」 名刺を渡した後、男は少しハニかんだ笑顔で軽く手を振りながらスクランブル交差点の雑踏に埋もれていった。 「み、か、み、たかひこ…… へぇ、すりーでーぷりんたの会社を経営ねぇ……」 ニトロは受け取ったチケットと名刺をストロークのように流し読みしたあと、それを握りつぶしながらズボン の左ポケットへと突っ込み、ギターを丁寧にケースへと閉まった。 そして、後ろに折りたたんで置いていた直径2メートルほどの台を拡げて観覧客の前に置き、不気味な笑みを浮 かべながらその上に品物を並べていると、一番前で缶チューハイを片手に持ちながら観覧しているツーブロック ヘアスタイルのサラリーマンの呟く声が聞こえてきた。 「あぁ、ほんと仕事ってめんどくせーー。なんかラクして稼げる方法…… 誰か教えてくんねぇかなぁ」 観覧客が更にぞろぞろと集まりだすと、ニトロは着ているパーカーのフードを被り、先ほどの鳥の囀りとは裏腹 に、心の芯に突き刺さるような尖った虎の咆吼(ほうこう)が始まった。 「それでは本日の品物を紹介するぜーー!  ヘイッ、プチャヘンザッ!」 ニトロは、一番前で観覧しているサラリーマンにライムする。 「チューハイ飲みながら 他人を崇拝   一杯じゃ足んねえからいつの間にか数杯  take takeばかりの半端野郎  テクテク自分で歩いて考えろ、yeah!」 サラリーマンは罵られたと感じたのか、怒りを露わにする。
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