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加奈は閉店時間が近いというのに、しゅっと開いた自動ドアから悠然と入って来たスーツ姿の男に気がついて、眺めていた。
入口近くに居た、アルバイトの大林が、嬉しそうにその人に寄って行くのを見て居た。
ああ、あのひと。
KATの社員の人。
優しそうな顔立ちで、熱心に話しかけて来る大林の相手をしている。
ふわっと笑う口元はほんのちょっと上がっているし、目を細めているのも本当に優しそうに見える。
「ああ、黒川さん来たんだね。さっき大林さんが嬉しそうに話してたけど、まさか本当に今日の飲み会に来るとは」
並んで立って居た、長身の松田が掛けていた眼鏡を直す。
「そうなんですねぇ。松田さんも行きますよね?」
「行くよー。柳さんは今日もパス?」
「お金がね、もったいなくて」
この店で一番接する機会の多い松田に、加奈は照れながら、素直に言って返す。
真面目で穏やかな松田は「本が何冊買えるかな? って考えちゃう?」と、可笑しそうに笑うので、加奈もうんうんと小さく頷いて笑う。
「俺も、一人暮らしだからさ、飲みに行かなければ、一週間美味い肉食えるかもって考えちゃうよ」
「解ります。私はいつものカフェでランチ出来ちゃうなって」
二人は顔を見合わせて目尻を下げる。
「柳さんはさ、俺には身構えないよね」
兄のような優しい眼差しで松田は加奈を見下ろしている。
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