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「松田さん、ご実家に戻られるときに、結婚なさるんですよね?」
「うん、もう三十だし。そろそろ、結婚すべきだろうって思って」
加奈は頷いて、「お花とか送ってもいいですか? お祝い」と松田を見上げた顔は明るさを取り戻している。
「いいよ。それを見て俺は『柳さん、カフェランチをいっぱい我慢してくれたんだな』って思うから」
加奈はふふっと笑って、頷く。
「私のカフェランチを受け取ってくださいね」
そう言うと、店内に流れ出した『蛍の光』を聞いて、閉店準備をしに加奈は去って行った。
松田はその後姿を見つめたまま、二年前初めて加奈を見た時の事を思い出していた。
今よりもずっとどこにでも居る女の子だった。
確かにあの頃から、同世代の女の子と群れるようなタイプではなかったけれど、今の雰囲気とは全く異なっていた。
楽しそうにおしゃべりもするし、誰とでも平気で接していた。
本当に、普通の子だった。
ちょっと、目鼻立ちの整った普通の女の子だった加奈が変わっていく様を見て来た。
最悪な嵐の時期は過ぎ去ったんだよ。
早く、その籠から出ておいで。
ひな鳥を見守る親鳥のようで、松田は自分に苦笑しながら眼鏡を上げた。
もう見守ってやることができなくなってしまうのが、心配で、そして心残りだった。
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