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自動ドアが開き、足を踏み入れようとすると、正面のカウンターにいる数人の店員が、一斉に「いらっしゃいませ」と黒川に声をかける。
威勢がいいその声に、黒川はまたちらりと先ほどの女性に視線を向かわせる。
大声に反応して、顔を上げてないかと期待している自分に、そしてあっさりその期待が破れて小さく落胆した自分に、笑った。
「店内でお召し上がりですか?」
店員の声が黒川を現実に引き戻し、カウンターに乗せられているメニューを見下ろしながら「店内で」と短く答えた。
アタッシュケースを足元に下すと、ネクタイを少しだけ緩めて、「アイスコーヒー、Lで」と指をさして注文する。
そこで、若い女性店員が自分の顔を見て居ることに気がついて、目線を持ち上げる。
ぴったりと視線が合わさると、若い店員は慌てた様に「あ、えっとアイスコーヒーですね」と、レジを打ち込んだ。
黒川は頷いて、柔らかく笑うと、女性店員はまた慌てる。
会計を済ませ、トレーに乗せられたコーヒーを受け取ると、本を読む女性が見える位置に席を取った。
俺も大概だが、さっきの店員もあからさまだなと黒川は思う。
とはいえ、慣れっこになっていて、きっとすぐに忘れてしまうような出来事なのだけれど。
自分が中性的な容姿なのは解っているし、その容姿が女性受けすることも解っている。
黒川はストローの袋を破ってそれをコーヒーに差すと、ちゅっとコーヒーを吸い上げる。
自分もさっきの店員の様な目で見ているのだろうか。
物欲しそうな目で、見ているのだろうか。
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