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器子は、事実を突きつけられる前に自ら予防線を張って言った。
『彼女がいるかどうかは知らないけど』
いる、と断言されなかっただけでホッとする。
『あの人、結婚していたこともあったのよ。だけど、忙しすぎて妻に逃げられたの』
『結婚していたことがあったんですか!?』
向崎に、家庭のイメージは全くなかった。
それが、すでに結婚して離婚していたとは。
『毎晩、毎晩、残業、残業。そして、休日出勤。それに奥さんの嫌気がさしたんだって。だから、結婚すると苦労するわよ』
失敗というよりは、真面目なイメージ。むしろ、好感度が上がった。
『そうですか。でも、向崎課長を狙ったりするつもりは全くありません。私は結婚しても働きたいので、定時で帰ってきて家事を折半してくれる人が理想です。向崎課長は、どうやら無理みたいですね。だから、あり得ません』
気持ちとは裏腹に、きっぱりと否定してみせた。
山岸舞は、笑った。
『それがいいわ~。この会社はみんな残業ばかりしているから、どこか、外で見つけた方がいい。私もそうしたの』
山岸舞は、結婚15年目で子どもが二人いるワーキングマザーだ。
同じ社ながら残業はしないし、休日出勤などもってのほか。
夫も協力的だから、両立でやっていけるらしい。
『あー、終わっちゃった! すみませーん! お代わり!』
山岸舞は、空になったコップを持ち上げると店員に叫んだ。――
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