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――『いくら忙しいからって、手近な男に手を出しちゃだめよ~』
どうやら、手近な男とは向崎のことを指しているらしい。
この時、客先での打ち合わせが長引いた向崎はまだ来ていなくて、山岸舞の口も滑らかになったようだ。
器子は、入社面接時に初めて向崎を見て、俳優のように恰好(かっこう)良い男だと驚いた。
向崎を見た女性は、一目ぼれする人も多いだろう。
器子も、あやうくその一人になりそうだったが、なんとか恋心を抑えた。
もしかして、そんなところを見抜かれたのかと器子はドキリとした。
『それって、どういう意味ですか?』
『忙しくなると、判断力が低下するのよ~』
そういうと、山岸舞は焼酎の入ったコップを傾けた。
山岸舞は、見るからに気が強そうで酒も強そうだ。
さらに、言った。
『仕事ばかりやっていると、出会いがなくて、半径30m以内の男を選んじゃうのよね』
(ああ、そういうことね)と、器子は納得した。
特に意味があってのことではなく、一般論で語っているらしい。
要するに、持論を展開したがる酔っ払いだ。
『向崎課長は、いい男でしょ』
『ええ、まあ……』
『独身なのは、どうしてだと思う?』
『忙しいからじゃないですか? 彼女ぐらいは、いるのかもしれませんけど……』
本心では、彼女などいて欲しくないが、あれだけのいい男で仕事もできるのだから、いない方が変。
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