第一話 若夫婦のフレンチレストラン

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――『いくら忙しいからって、手近な男に手を出しちゃだめよ~』  どうやら、手近な男とは向崎のことを指しているらしい。  この時、客先での打ち合わせが長引いた向崎はまだ来ていなくて、山岸舞の口も滑らかになったようだ。  器子は、入社面接時に初めて向崎を見て、俳優のように恰好(かっこう)良い男だと驚いた。  向崎を見た女性は、一目ぼれする人も多いだろう。  器子も、あやうくその一人になりそうだったが、なんとか恋心を抑えた。  もしかして、そんなところを見抜かれたのかと器子はドキリとした。 『それって、どういう意味ですか?』 『忙しくなると、判断力が低下するのよ~』  そういうと、山岸舞は焼酎の入ったコップを傾けた。  山岸舞は、見るからに気が強そうで酒も強そうだ。  さらに、言った。 『仕事ばかりやっていると、出会いがなくて、半径30m以内の男を選んじゃうのよね』 (ああ、そういうことね)と、器子は納得した。  特に意味があってのことではなく、一般論で語っているらしい。  要するに、持論を展開したがる酔っ払いだ。 『向崎課長は、いい男でしょ』 『ええ、まあ……』 『独身なのは、どうしてだと思う?』 『忙しいからじゃないですか? 彼女ぐらいは、いるのかもしれませんけど……』  本心では、彼女などいて欲しくないが、あれだけのいい男で仕事もできるのだから、いない方が変。
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