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ひいばあちゃんが死んだ。3月3日のひな祭り。数えで94歳。その日はなんと、ひいばあちゃんの誕生日だった。
おめでとうと言うはずの日は、さようならの日になってしまった。
ひいばあちゃんは、しゃきっとしていて、料理がうまくて、読書家で、努力家で、曲がったことが嫌いな人だった。
言うことはいつも一本筋が通っていて、例えるならば、樋口一葉のたけくらべに出てくる美登利のような、凛とした人だった。
そんなひいばあちゃんのことが大好きだった。
毎年、正月には必ず顔を出して、親戚一同揃っておせち料理を食べた。
そのおせちだって、ひいばあちゃんが作ってた。85歳まで台所に立っていたけれど、ある日急に糸が切れたみたいに足腰がうまく動かなくなって、寝たきりになった。
入院してからは、衰弱に拍車がかかった。毎日寝てるから、ものすごい速度で痴呆が進行していく。
ひいばあちゃんの頭の中では、73歳の祖父は40歳に、66歳の祖母は33歳になっている。
そうなると、母には会ってない計算になるのに、なぜだかしっかり名前は覚えていて、小学6年生の私を、母と間違える。そして、私の顔を見ながら笑って、嬉しそうに母の名前を呼ぶ。
ひいばあちゃんと私の12年の思い出が、突然消えてしまった気がして、悲しくなった。我慢できずに病室でボロボロ泣いてしまったこともある。
それでも、ひいばあちゃんは笑って私の頭を撫でてくれる。私を母と思い込みながら。
何度かお見舞いに行くうちに、母も寂しい思いをしていることに気がついた。
名前を呼ばれる度に振り向くが、ひいばあちゃんが見ているのは母の姿ではなく、私だったから。
そんなある日、病院に立ち寄ると、ひいばあちゃんの顔には管がついていた。ただでさえ点滴やら心音計測の管がついていたのに、また増えた。
自発呼吸ができなくなったらしい。ベッドの傍らには酸素ボンベが佇んでいた。
会いに来れば会いに来るほど、命が縮んでいるのがわかる。
ひいばあちゃんの顔からは笑顔が消えた。話しかけても反応はなく、虚ろな目は病院の白い天井をただ見つめるだけ。
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