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どういうことだ、売り物じゃないって。
祖父が懐かしそうに笑いながら言った。
「あれはな、おっ母の手作りだ。家の米で餅ついて、家の柏から葉を取って、家の味噌とクルミを買ってきたいんげん豆と混ぜるんだ。俺も、小さい頃からよく食ってた」
どうりで見つからないわけだ。
私たちが覚えていたのは、ひいばあちゃんの作り出した味だったから。
「最近かしわもちばっかり買ってくるなぁと思ってたら、そういうことか。」
隣で話を聞いていた祖母は、大きく息をつくと、ゆっくりと話し始めた。
「失敗したなぁ、と思ってるんだ。お母ちゃんとは何度も台所に立ったから、作り方は見てたんだ。でも、何回真似しても、あの味は出なかったんだ。また、食べたいなぁと思ってるのは、みんな同じなんだよ」
そして祖父が呟く。
「もう、無理だろうなぁ。自家製味噌だったからな。大豆、麹、水、そして菌のついた樽、おっ母の手、全部揃わないとできないもんだ。酒もそうなんだけどよ、杜氏が変わると味変わるってことがあってな、その人じゃないと作れないってもんが世の中にはあるんだ」
「ひいばあちゃんのかしわもちは、世界でたったひとつの食べ物だったんだね」
「そういうことさ」
あれから十年。
今度は祖父が入院した。
昔を思い出すらしく、大体午後三時頃になると、兄弟と仲良くかしわもちを食べている時の話をする。
あのかしわもちを復活させる為、私たちの挑戦は、まだ続いている。
理想の味噌は見つけたけれど、まだ全ては揃わない。
だけど、これだけは言える。
「じいちゃん、必ず完成させるから、長生きしてよ?」
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