第5章:世界は広かった

6/14
前へ
/118ページ
次へ
 それから、会社帰りに森中工務店に寄ることが要の日常となった。  朝は、いつも通り会社に行き、総務の席でまずは自分に与えられている仕事をこなし、午後からは書庫に出向いて、時々ちらかった在庫を片付けたり、掃除したりして、だらだらと定時まで過ごす。そして定時で会社を出て、森中工務店へ行ってパソコンを教える。  初めて森中工務店に会社帰りに訪れたとき、純太郎だけが歓迎してくれたが、森中工務店の面々の要に対する敵対心は相当なものだった。 「今日から俺にパソコンを教えてくれる、えっと……」 「獅子ヶ谷要、です」 「そうだ、要だ。みんなよろしくな」  要に対する彼らの視線は終始、冷ややかだった。  それぞれの個性を示しているのか、色とりどりのツナギに身を包んだ職人たちは、要よりも明らかに年下で、まだ幼さやあどけなさの残る少年や青年で、純太郎が紹介しても、要と視線すら合わせようとせず、その後も要に形式だけの挨拶はしてもその声はぶっきらぼうで、当然話しかけてくるようなこともなかった。あきらかに自分に対して快く思っていない態度は肌で感じた。 (別に、仲良くなるために来たわけじゃない)  要が森中工務店に訪れる時間は、事務の人などは帰っていて、職人たちが数人帰り支度の片付けをしているという場面が多い。  なのでこのような態度をとられても、その瞬間嫌な気持ちになるだけで、彼らはすぐに帰ってしまうのでそれほど問題はない。  要を悩ませているのは、それだけではなかった。  基本は、純太郎と一対一でパソコンの操作を教えるというのが常になっていた。予想はしていたが、想像していたよりも純太郎のレベルは基準以下だった。  『これなら俺はできる』と自慢気に純太郎は言うのだが、誰でもできるというレベルだ。普段は完成されたテンプレートから数字を入力しているというルーチンだけのせいか、そもそも理解していない。このくらいは基本だろう、と要が想定していたレベルに、純太郎が到達できる気はしない。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2082人が本棚に入れています
本棚に追加