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「要……?」
いつものように森中工務店に立ち寄ったあとで、家に帰宅し、ちょうど部屋の鍵を開けているところだった。階段をあがりながら、後ろから声をかけてきたのは、和田だった。
「なんだ、おまえも今、帰りか?」
「学校の先生で送別会があって、その帰り」
「送別会って、もう辞めるやつがいるのか?学校の先生とやらも案外人の子なんだな」
「産休に入る先生なんだ。それより、要、最近帰ってくるの、遅いんじゃない?」
あれから平日も週末も和田とは顔を合わせていない。最近は、疲れて携帯も触っていないし、会社からの連絡もないから、ますます放置気味だ。和田からの定期LINEすら目を通せていない。
「会社帰りに、ちょっとな。心配するな、自分の意志でやってることだ」
「あれから、会社どうなの?状況は変わったの?」
あのとき和田にはすべて話している。自分が弱っていたから、すべてブチまけてしまった。
状況が変わってさえいれば、和田に心から「もう大丈夫だから心配するな」と言えた。だが違う。状況は良くなっているどころか、余計なことまで追加されている。しかもこの毎日は不毛であると、自分が一番わかっている。そんな話をしようものなら、和田はどんな顔をするだろう?
「ねぇ、要。俺さ、考えたんだけど」
「何?」
ドアノブに手をかけたまま、振り返らずに返事をする。
今の自分の顔を和田には見せたくない。それだけだった。
「やっぱり一緒に暮らそう?」
「は?」
思わず振り返った。和田は真剣なまなざしで自分を見つめていた。
「なんでそうなるんだ」
「要が心配だから」
「それで、どうして一緒に暮らすことになるんだ?」
「会社やめなよ。しばらくは俺が要の面倒を見る」
「何、言って……」
「新しい仕事見つけて生活が安定したら、部屋を借りればいいよ。それまでは……」
「いい加減にしてくれ。なんでおまえがそこまで……」
「言わせるの?」
和田のその口調は、はっきりと意思が感じられた。その言葉の意味に気づかない自分ではない。
優しさのその奥に隠れた、和田の自分への想い。言葉には出さなくても、自分が気付いていることくらい、和田はわかっているのだ。
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