第5章:世界は広かった

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 その日も要は森中工務店にいた。  純太郎はあいかわらず覚えが悪く、要が苛立つことも珍しくないのだけれど、さすがに昨日教えたことを聞かれたら、言葉を失ってしまう。女であれば泣きながら『もうやだ、この人』とでも言ってやりたい。 「要?」 「……はい、なんでしょう」 「おまえ、俺のこと『なんでこのくらいのことわかんないんだ』とでも思ってるんだろ?」  その口調は要を咎めているものではなかった。むしろ、純太郎の表情は柔らかく、それでいて反省もしていなかった。 「……思ってます。だいたい毎日思ってます」 「はっはっは!いいぞ、思ったこと素直に言うやつのほうが好きだ」 笑われるだなんて予想していなかった要は、面を食らった。  今までも純太郎は「悪いな」とは言うものの、まったく反省しておらず、同じミスを繰り返すし、同じことを聞く。そのたびにイライラしながらも、要はなるべく感情を出さないように対応してきたつもりだった。 「わかってんだけどな。やっぱ俺はこういう頭の使い方してきてねーんだわ」 「そんなに難しい教え方はしていないつもりですが」 「ん、わかってるよ。おまえの教え方じゃない。俺のココの問題」  純太郎は笑いながら、自分の頭をこつんこつんと指差した。 「けど、俺は足場の組み方、おまえに絶対負けねーから」 (負け惜しみか。案外、子供だな、この人)  要は、はぁとため息をついた。 「僕には、これから先そんな技術、必要ないですから」 「そういうもんなんだよ、何事も。俺が誇れるものはおまえにとってたいしたことなかったり、逆もな」  なにげなく放った純太郎の言葉は、要の心にストンと落ちてきた。
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