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その日も要は森中工務店にいた。
純太郎はあいかわらず覚えが悪く、要が苛立つことも珍しくないのだけれど、さすがに昨日教えたことを聞かれたら、言葉を失ってしまう。女であれば泣きながら『もうやだ、この人』とでも言ってやりたい。
「要?」
「……はい、なんでしょう」
「おまえ、俺のこと『なんでこのくらいのことわかんないんだ』とでも思ってるんだろ?」
その口調は要を咎めているものではなかった。むしろ、純太郎の表情は柔らかく、それでいて反省もしていなかった。
「……思ってます。だいたい毎日思ってます」
「はっはっは!いいぞ、思ったこと素直に言うやつのほうが好きだ」
笑われるだなんて予想していなかった要は、面を食らった。
今までも純太郎は「悪いな」とは言うものの、まったく反省しておらず、同じミスを繰り返すし、同じことを聞く。そのたびにイライラしながらも、要はなるべく感情を出さないように対応してきたつもりだった。
「わかってんだけどな。やっぱ俺はこういう頭の使い方してきてねーんだわ」
「そんなに難しい教え方はしていないつもりですが」
「ん、わかってるよ。おまえの教え方じゃない。俺のココの問題」
純太郎は笑いながら、自分の頭をこつんこつんと指差した。
「けど、俺は足場の組み方、おまえに絶対負けねーから」
(負け惜しみか。案外、子供だな、この人)
要は、はぁとため息をついた。
「僕には、これから先そんな技術、必要ないですから」
「そういうもんなんだよ、何事も。俺が誇れるものはおまえにとってたいしたことなかったり、逆もな」
なにげなく放った純太郎の言葉は、要の心にストンと落ちてきた。
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