第5章:世界は広かった

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(確かに、そうかも)  純太郎の仕事は、どちらかといえば肉体労働で、デスクワークが常である要とは正反対だ。笑いながら『ココの問題』と純太郎は言ったけれど、それは一理ある。普段から自分と純太郎は、頭の使い方が違うのだ。 「おまえは深く考えすぎなんだよ」  純太郎のひとことは要に響いた。他の誰かに言われたら、素直に聞けないはずなのに、純太郎というフィルタを通せば受け入れられた。 (なぜだろう。そうかもしれないと思っている自分がいる)  その日から要は、今まで、聞く耳すら持たなかった純太郎の言葉をきちんと聞いてみた。要に話す内容、ときどきいる部下に話す内容、悔しいけれど、純太郎の言うことは筋が通っている。何が良くて、何が悪い?こうしたいから、どうする?そうするためには、何が必要?  シンプルな単純思考だからこそ、森中工務店の中では短い会話ですべて完結していた。 (この人ってもしかして、すごい人?)  純太郎の口から出る言葉は、自分と違う世界で生きてきたこと、自分より多くの人間に出会ってきたこと、とにかく膨大なデータベースから抽出されていて、それでいて、きちんとしたこだわりも見せる。  森中純太郎という個性は失われないままで、関わるすべての人を牽引している。  要には純太郎のような経験値は持っていない。  学ぼうとしても一朝一夕では難しい。  人生の先輩を敬うという言葉の意味が、はじめて理解できた気がした。  工務店の面々が、そして浜村が、純太郎に一目置く理由がようやくわかった。浜村が指摘した、自分の価値観というものさしが、どんなに小さいかを、身を持って思い知らされて、要は恥ずかしくなった。  自分の今までの経験値なんて、なんの役にも立たないのだ。それを受け入れて、生きている浜村や純太郎がどれだけ大人であるか、ということ。
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