第6章:気づいてしまった気持ち

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「すごいね、要くんパソコン詳しいんだね!」 「いえ……それほどでも」 「教え方がすごくうまいから、わかりやすい。ありがとう」  事務の女性がキラキラした表情で自分にお礼を言ってくれる。  昔は、PC処理能力も低いせいか仕事の遅い同じ部署の女性たちにイライラしていた。そんな自分の考え方が変わり、彼女たちに『こうやると楽になるかもしれません』と伝えてみたら、最近はこんな風に感謝される。  以前なら面倒な他人の関わりを自分から持とうとしなかった。  仕事はうまくいっている。総務に入った新人"獅子ヶ谷要"が書庫を改造して使いやすくしたと、そのことが一人歩きしているせいだろう。もしかしたら、兄のところにも自分のことが耳に入っているかもしれないが、特に何も言われていない。そもそも兄は、人を褒めるタイプの人間ではない。  浜村との関係だけじゃない。その他の会社の人間関係もよくなった。  そして、自分の仕事に対する考え方も変わった。  考え方ひとつで、自分だけでなく周囲の自分への扱いが変わっていくのを感じた。  最近は浜村からも重要な仕事を任されるようになって、ようやく社会人として、スタートを歩きだせたような気もする。 (すべてのきっかけは、間違いなくあの人なのに)  思い出せば最初は嫌々通っていた森中工務店だったが、その後、要に新しい発見を与えてくれた。その張本人である純太郎ともっとたくさん話したかった。いろんなことを聞いてみたかった。自分のためだけでなく、もっと彼のことを知りたいと思った。  それなのに、突然放たれた『もう来なくていい』という言葉は、謙遜というよりは拒絶に近かった。あれ以来、純太郎の言うとおり工務店に寄ることをやめた。  本当は理由を聞きたかった。なぜ突然『ここには来るな』と言われたのだろう。自分が何か、間違ったことをしてしまったのだろうか。怒らせてしまったのだろうか。振り返っても、思い当たることがない。  今の自分があるのは、純太郎のおかげだというのに、こうしてきちんとしたお礼も言えないまま今に至る。  最近の自分は、仕事が終わってまっすぐ家に帰るので帰宅時間が早い。  ぽっかりと出来た寝るまでの時間を、どう過ごせばいいか、わからない。  いつか、この毎日が当たり前になる日がくるのだろうか。  この喪失感も何か他のことで埋まるのだろうか。
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