第6章:気づいてしまった気持ち

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「何か、ありましたか?」  事務的な純太郎の声に、要は思わず足がすくむ。けれど、この機会を逃してはいけない。勇気をのせて、要は一歩一歩ふみしめて純太郎の近づいた。 「純太郎さん、お話があります」 「話?」 「少し、時間をいただけませんか」  何を話したいだとか、伝えたいだとか、内容を頭に描いているわけではなかった。  けど、純太郎と話したい。自分が疑問に思ったことを解決したい。  明らかに純太郎は怪訝そうな顔をしていた。きっと断られるだろうとその空気は感じていた。 「親方、行ってあげてください」  助け船を出してくれたのは、隣にいた人だった。 (思い出した。確か、アキラさんだ)  以前にも、アキラは助け船を出してくれたことがあった。工務店の中では比較的年長者で、純太郎が右腕のように扱っているアキラは、純太郎と同級生と聞いたことがある。それでも、彼にとって純太郎が上司になるせいか、敬語を使って会話をしているのが印象的だった。 「おまえは、余計な気を遣うな」 「要くん、久しぶりだね。元気にしてた?」  アキラは、要の方をむいて話しかけた。 「はい、なんとか働いています。その節はお世話になりました」 「世話になったのはうちの親方のほうだから。じゃ、自分は事務所戻ります」 「おい、アキラ、勝手に決めるな」 「あ、ありがとうございます」 「じゃあね」  アキラは純太郎の手にしていた工具箱を奪うと、そのままスタスタと歩いてしまった。  要は、その背に頭を下げた。 「ったく。で、なんだ話って」 「え、あ、その……」  ため息をつきながら、純太郎が要に向き直ると、突如訪れた機会に、要はしどろもどろになった。聞きたいこと、言いたいことはたくさんあったはずなのに、どうしてだろう。純太郎は要の言葉を待ってはいるが、当の要から言葉は出てこなかった。 「お疲れ様です」 「あ、お疲れ様です」  二人の横を社内の人間が通り過ぎ、要に声をかけていく。往来が多いわけではないが、作業着の純太郎とスーツ姿の要が言葉も交わさず向き合って立っている姿は誰がみてもおかしい。見る側によっては、要が叱られているようにも見えるだろう。
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