第6章:気づいてしまった気持ち

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「要、腹へってないか」 「え?」 「予定ないなら、夕飯つきあえ。おごってやる」 「は、はい!」 「話はそこで聞く。このままじゃ俺がおまえをいじめてるみてーだろ」  純太郎の顔が緩み、呆れたように笑った。  その表情に要は驚き、そして嬉しさがこみあげてきた。  名前を呼ばれたこと。食事に誘われたこと。昔のように笑ってくれたこと。  たったそれだけのことなのに、心から安堵した。  二人は、少し離れて歩き、会社を出た。途中"駅前の居酒屋でいいか?"と問われて、"はい"と返事をした以外二人に会話はなかった。純太郎の二歩くらい後ろを歩いて、着いた先は、駅前の大衆居酒屋だった。  そういえば以前、まだ純太郎に心を開いていない頃、「おまえも来るか?」とひっぱられるようにして 工務店の若い人たちと一緒に"キャバクラ"なるところに連れていかれたことがあった。純太郎は女相手にヘラヘラ無駄話をしているし、若い人たちは酒の勢いで大声で話すし、居心地が最悪だった。  要はそのとき三十分ほど我慢して、三千円を置いてその場を立ち去った覚えがある。  それ以来、純太郎もそういうお店どころか、食事にも誘うことはなかった。こうして工務店の事務所以外に二人でいることは初めてだ。 「生くれ。おまえ、酒飲めるよな」 「いえ、僕は烏龍茶で」 「なんだよ、つまんねーやつだな。じゃ生ひとつな」  ガチャガチャと賑やかな店内で、御用聞きの店員に飲み物を頼む。すぐに飲み物は運ばれてきて、純太郎は"おつかれ"と要の烏龍茶にジョッキを当てて、一気に飲み干した。  ”おかわり”と頼むところまでが自然で、要はその姿をぼんやりと見つめていた。純太郎は作業着のせいか、居酒屋の空気に馴染んでいるし、酒を飲みにきた客ということに違和感がない。  それなのに自分はどこか落ち着かなくて、今の状況を飲み込めずにいる。  なぜいきなり工務店に来るなと言ったのですか。  どうして会社であんな風に避けたのですか。  お礼も言いたい。もっと貴方のことを知りたい。  聞きたいこと。言いたいことは溢れているのに、いざこうして二人になると何を話していいのか、わからない。
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