2082人が本棚に入れています
本棚に追加
「それでも自分が変われたのは、純太郎さんのおかげです。ありがとうございました」
要は座ったまま、深々と頭を下げた。とにかく一番伝えたかったのは、これなのだ。
それさえ伝われば何も言うことはない。
「やめろ、気持ち悪い。そーゆーの苦手なんだ俺は」
「でも……」
「要、これっきりにしような。俺はおまえんとこに出入りしてる業者なんだ」
これっきりという純太郎の言葉が、要の心に刺さった。
「俺、頭悪いから後先考えずにあんなこと頼んだけどさ、よくねーよな。おまえと俺は、業者と客なんだ」
「何言ってるんですか」
「こうやって二人で会うこともナシだ。工務店にも来るな。おまえのためだ」
「関係ない……と思います」
「関係あるに決まってんだろ。おまえといて楽しかった。うちの若いやつらも言ってた。けど、これっきりだ」
拒絶されたあの行動の意味が、まるで氷が水になるかのように、ゆっくりと解けていく。
自分のことしか考えていなかった要とは対照的に、純太郎は周囲のことを考えていた。
客と業者の関係を壊しかねないほどに、自分が純太郎を慕っていた事実に、純太郎は気付いていた。
だから、遠ざけた。
「嫌です」
「は?」
「僕は純太郎さんのことをもっと知りたいです。もっとたくさん話がしたい」
「そりゃ光栄なことだが、俺みてーなもんから学ぶことなんてねーよ。おまえは俺よりもずっと頭いいんだし」
「そうじゃありません」
「いい加減に……」
「僕は、あなたのことが好きなんです」
その言葉は、するりと出てしまった。あまりにも自然に出てしまったせいで、自分自身も我に返った。
(今、僕は……なんて言った?)
目の前の純太郎もぽかんとあっけにとられていた。
ふたりとも目を合わせたまま、数秒間、時間が止まったかのように思えた。
最初のコメントを投稿しよう!