第7章:優しさに揺れるこころ

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「ふはっ……なんだ、それ!」 純太郎は吹き出した。 「なっ……笑うことないでしょう!」 こっちはいたって真剣なのに、純太郎は声をあげて豪快に笑っている。 「烏龍茶で酔っ払うのか、おまえは」 「酔ってなんかいません!」 強く否定しながらも、要自身が自分に驚いていた。けれど、妙にストンと納得している自分もいる。 (ああ、そうか。僕はこの人のことを好きになっていたのだ) こんなことってあるのだろうか。言葉に出してしまってから自分の気持ちに気づくだなんて。考えてみれば、そうなのだ。拒絶されたくないのは、避けられたくないのは、自分が純太郎を好きになっていたからで、あれから心から離れない純太郎のこと、何度も考える純太郎のことを、こんなにも好きになってしまっていた。 「おまえ、優しくされたら誰でもいいんだろ、きっと」 「そんなこと!」 「けどそんなの愛じゃねぇよ。それに俺が優しくするのは当たり前だ。おまえは客だからな」 「客……」 「そうだろ?俺にとっておまえは、取引先で、客だぞ。冷たくしてどーする」  そうなのだろうか。自分は純太郎が優しくしてくれたから好きになったのか?  そんなはずはない。  純太郎の最初の印象は最悪だった。けれど、純太郎のことを少しずつ知って、気持ちが変わったのだ。だからこれはそんな一時的な気持ちではないと思いたい。 「純太郎さんにとって、僕が客じゃなかったらいいんですか?」 「そうじゃない」 「それなら僕……」 「言うな」  純太郎はガチャンと音を立てて、持っていたジョッキを置いた。自分が勢いで言いかけた言葉を遮るかのように。 「頭を冷やせ、要」 「僕は本気です」 「出るぞ」  純太郎は、そのまま立ち上がりレジに向かった。  要もその後につづいて、純太郎が代金を支払う背中をずっと見つめていた。ごちそうさまですという要の言葉も、純太郎の耳には届いていたはずなのに、その返事はなかった。  居酒屋を出て、純太郎は駅の反対方向へ向かっていた。無言のまま二人は歩いた。人通りが少ない路地裏で、純太郎は振り向いた。 「さっきの話だけど、俺はな、途中で投げ出す奴は嫌いなんだ」 「はい……」 「一時的な感情で仕事を投げ出すな」 「でも……」 「おまえは勘違いをしているようだから、はっきり言っておく。俺は男に興味はない」  純太郎の表情は真剣だった。
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