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「ふはっ……なんだ、それ!」
純太郎は吹き出した。
「なっ……笑うことないでしょう!」
こっちはいたって真剣なのに、純太郎は声をあげて豪快に笑っている。
「烏龍茶で酔っ払うのか、おまえは」
「酔ってなんかいません!」
強く否定しながらも、要自身が自分に驚いていた。けれど、妙にストンと納得している自分もいる。
(ああ、そうか。僕はこの人のことを好きになっていたのだ)
こんなことってあるのだろうか。言葉に出してしまってから自分の気持ちに気づくだなんて。考えてみれば、そうなのだ。拒絶されたくないのは、避けられたくないのは、自分が純太郎を好きになっていたからで、あれから心から離れない純太郎のこと、何度も考える純太郎のことを、こんなにも好きになってしまっていた。
「おまえ、優しくされたら誰でもいいんだろ、きっと」
「そんなこと!」
「けどそんなの愛じゃねぇよ。それに俺が優しくするのは当たり前だ。おまえは客だからな」
「客……」
「そうだろ?俺にとっておまえは、取引先で、客だぞ。冷たくしてどーする」
そうなのだろうか。自分は純太郎が優しくしてくれたから好きになったのか?
そんなはずはない。
純太郎の最初の印象は最悪だった。けれど、純太郎のことを少しずつ知って、気持ちが変わったのだ。だからこれはそんな一時的な気持ちではないと思いたい。
「純太郎さんにとって、僕が客じゃなかったらいいんですか?」
「そうじゃない」
「それなら僕……」
「言うな」
純太郎はガチャンと音を立てて、持っていたジョッキを置いた。自分が勢いで言いかけた言葉を遮るかのように。
「頭を冷やせ、要」
「僕は本気です」
「出るぞ」
純太郎は、そのまま立ち上がりレジに向かった。
要もその後につづいて、純太郎が代金を支払う背中をずっと見つめていた。ごちそうさまですという要の言葉も、純太郎の耳には届いていたはずなのに、その返事はなかった。
居酒屋を出て、純太郎は駅の反対方向へ向かっていた。無言のまま二人は歩いた。人通りが少ない路地裏で、純太郎は振り向いた。
「さっきの話だけど、俺はな、途中で投げ出す奴は嫌いなんだ」
「はい……」
「一時的な感情で仕事を投げ出すな」
「でも……」
「おまえは勘違いをしているようだから、はっきり言っておく。俺は男に興味はない」
純太郎の表情は真剣だった。
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