第四章 葬送行進曲P347~355

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「まあ、どうしたの? ベートーヴェンさん」 「この人があなたの同棲相手ですか」 「ベートーヴェンさん……」 コンスタンツェが困った顔をしていると、その男は自分でぼくの前に出てきた。 「あなたは?」 「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンです。はじめまして」 ぼくは敵対心をむき出しにして言った。こんな男にフランツを奪われてなるものか! 「なんですと? あなたがあのベートーヴェンさん?」 すると彼は目を白黒させてぼくを見た。彼は大喜びでぼくを家に招き入れた。 「嬉しいです。あなたが我が家に来てくださるとは。私は、残念ながらモーツァルトのファンですが、モーツァルトの次にあなたの音楽が好きなんです」 ニッセンは瞳をキラキラ輝かせてぼくにそう言った。彼はとんでもなく浮かれていた。 「ぼくもモーツァルトのファンですよ。『彼』は美の模範です」 「そうでしょう、そうでしょう」 ぼくがモーツァルトを褒めると、彼はますます喜んだ。 「では、あなたもモーツァルトなしでは生きていけない人ですか?」 と彼は唐突に言った。 「今のところはまだそうです。恥ずかしながら」 とぼくは自分のためだけに感じの悪いことを言った。本当はぼくの方が彼よりよほどモーツァルトに魂を奪われているに違いないのだ。 コンスタンツェに近付いたのも、フランツに近付いたのも、その気持ちがあまりに強すぎるからだ。ぼくは自分のモーツァルト愛のために、人を人とも思わない心ない行動を取っている。 「私はモーツァルトのために人生を捧げるつもりでいるのですよ」 と彼はぼくにはっきりと言った。 「え? しかしあなたは音楽家でもなんでもないでしょう?」 「はい。しかし、彼の一生を本にしようと考えているのです。仕事も忙しいですが、私の本当の仕事は彼の人生を網羅することです」 この男も、本当はそれが目的でそれでコンスタンツェに近付いたのではないか? ぼくと同じように……。そんな疑いがふと湧いた。 「コンスタンツェと暮らし始めたのも、そのためです」 彼がなんの少しも悪びれもるところなくそう言ったので、ぼくは驚いてしまった。 「私にとって、モーツァルトは人生のすべてなのですよ。モーツァルトのために私は生まれてきたのです」 と彼はさらに畳みかけた。ぼくは彼のその素直さに胸を打たれた。やっていることは同じでも、ぼくとはなんという違いだろう。
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